2018年7月16日 (月)

ガン見!

5羽一度に放鳥するとパニックになって収拾がつかなくなるので、シロとクロ子、かめ子とみぞれ、モモとなるべく時間をずらして別々に放鳥することにしています。

シロとクロ子が肩に乗っているときのみぞれとかめ子。

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出せ出せ~!と騒ぐ訳でもなく左右反復運動する訳でもなくおとなしいんですが、何でしょう?この無言の圧力....

この2羽は肩には乗ってくれるけど手にはなかなか乗ってくれない「手乗り崩れ」です。なのでケージに戻すときは一苦労。以前はトイレや浴室に入ったところで一網打尽にしていたんですけど、賢いおかめずの事ですので毎日これやると危険を察知してトイレや浴室に入ろうとすると肩から逃げるようになります。結局お腹空かせるまで遊んでやるしかないです。

2018年7月15日 (日)

万国博タイムカプセル

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おやくそく通り、EXPO'70ネタを小出しに出していきます。今回は松下館と毎日新聞社が共同で開催した「タイムカプセル」。

これ、西暦2000年に調査のため一度掘り起こしています。当時ちょっとしたニュースになりました。詳細は米谷美久氏の名著「オリンパスペンの挑戦」(朝日ソノラマ)でも記載されています。

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収蔵品のうち、カメラ関係はミノルタMCロッコール58ミリF1.2とオリンパスペンFTが収蔵されています。収蔵品リストはココ↓。

https://panasonic.co.jp/history/timecapsule/storage/nature/N_4.html

当時、SF作家の星新一氏が「つまらないものばかり入れて....」と苦言を呈していましたが、私は十分面白いと思いましたしね。現代版ロゼッタストーンなんて良いアイデアだと思います。5千年後には日本語も死後になっているかもしれないんだし(w)。

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ちなみにこれが当時の松下の広告写真。「現代の技術力で5000年の歳月にいどむ」すごいキャッチフレーズです。ちなみに松下電器さんの自慢の収蔵品は当時最新鋭の1.5インチカラーテレビ。1.5インチ....この極小画面でテレビ見たがるユーザーってどれほどいたんでしょうか?船の上とか、登山用に造られたのかな?

今、大阪は2025年に再び万国博を誘致すべく活動中でパナソニックミュージアムではEXPO’70でサンヨー館で展示された「人間洗濯機」(クレヨンしんちゃん「オトナ帝国の逆襲」の冒頭で登場していましたね。)が展示中だとか。三洋電機倒産後、パナソニックが引き取ってくれたんですね。感謝!

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180713-00010006-asahibcv-bus_all

おぉ~!映像開いたらちゃんとオリンパスペンFTも展示されてましたよ~!

大阪城前の万国博タイムカプセルのモニュメントは高校の修学旅行の時に見ました。東大寺の大阪万博古川電工パビリオン「七重の塔」の相輪も。できれば塔全部東大寺に移転して欲しかったですねぇ(予算不足だったらしい)。ちょうどタイムリーなネタだったので公開します。

2018年7月11日 (水)

第27回日本ミノックスクラブ札幌支部写真展

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遅ればせながら、昨日から開催しています。

渡辺昭憲氏の遺作展でもあります。合唱。四半世紀の間本当にお世話になりました。

(参照:さようなら渡辺昭憲さま »

最終日16日(月)の閉館前には確実に私、会場におります。ご興味のある方、無料ですのでぜひ実に来て下れば幸いに存じます。

2018年7月 7日 (土)

心のふるさとEXPO'70

実家の父の遺品の整理で3冊も出てきた大阪万博本。この時期に働き盛りだった世代が今のお年寄りですのでうちの職場に寄贈したら大ウケです。

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今は亡き「北海タイムス」刊ですよ!

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ちなみに裏表紙の広告はペンタックスSP/SL。何気に、今や中古で垂涎の珍品タクマー24ミリF3.5が着いています。1970年当時としてはレトロフォーカス構成の一眼レフ用広角レンズとしては未曾有の「超広角レンズ」でした。当時、これより広角は魚眼のタクマー17ミリしかなかったと思う。

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ついでに表紙写真は当時の新製品ペンタックス67とタクマー55ミリで撮影とあります。

そうこうしていると、本日ファミマで同じようなコンセプトのマンガが並んでいたので感動して購入!万博本は近々ご紹介するとして、今回は右側のコンビニ本を紹介します。

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1978年の宇宙本、第2報で紹介した日本初の人工衛星おおすみの打ち上げエピソード。JAXAの小惑星探査機はやぶさ2号が小惑星リュウグウに到着したニュースもあり、最近日本の宇宙開発史にハマっています。

ここの動画でも紹介されていますが↓

https://www.youtube.com/watch?v=97rASB8rNgY

東大宇宙研(ISAS)の糸川先生が鹿児島県内之浦にロケット基地を造るのを決めたとき、ろくに道路も電気も通ってない寒村にそんな大それたモノを作れるわけないと町長が固辞したのを、地元の婦人会がもろ手を挙げて誘致に協力し、建設会社が断った道路建設に地元住民が協力したとあります。なぜそこまで地元住民、特に女性たちが宇宙ロケットにハマったかというと、このマンガで説明されておりますね。

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そう、宇宙基地が来ると、今まで電気が通っていなかった寒村の内之浦に、電気や舗装道路が通るようになる。基地の職員を相手に民宿や商店もできる。アニメ「超時空要塞マクロス」でマクロス墜落後の南アタリア島にあっというまに町ができたのに似てますね。いつの時代も女性は逞しい!

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4回連続で打ち上げ失敗。当時マスコミでそうとう叩かれていたようです。当時のアサヒカメラでも特集組んでいました。アサヒカメラさんは理解の目で書いていましたが。

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↑この技術者さんは的川泰宣博士じゃないだろうか(↓参照)?

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9A%84%E5%B7%9D%E6%B3%B0%E5%AE%A3

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打ち上げ成功を祈願して婦人会が千羽鶴を送ったエピソードは上述の動画でも紹介されていますね。今や世界に冠たる宇宙開発大国日本の第1歩は1970年から始まった。

ISASの科学者・技術者と内之浦の住民との交流はこちらに詳しい(↓参照)。

http://www.isas.jaxa.jp/j/japan_s_history/chapter02/index.shtml

現在、施設の老朽化もあり、打ち上げ基地を旧宇宙開発事業団(NASDA)の種子島に一本化しようという案が出たとき、内之浦では住民が「残してくれ!」と懇願したそうです。今や内之浦は鹿児島県民の誇りなんですね(↓参照)。

http://space-kimotsuki.jp/articles/love01/

これだけ地元民に愛されている宇宙基地というのも、そうそう無いと思います。

ちなみに、糸川博士のカッパーロケットはあくまでも観測用ロケットとしてインドネシアとユーゴスラビアに輸出されましたが、案の定ミサイルに転用されアメリカの激怒を買い、糸川先生は東大を辞職するハメになります。なんてことしてくれたんだ、インドネシアとユーゴ!(↓詳細)。

https://tech.nikkeibp.co.jp/it/atcl/column/16/051100109/051800004/

ただ、2018年現在インドネシアが初の人工衛星打ち上げ用に開発しているRPSー420は個体燃料ロケット+重力ターン方式の姿勢制御と50年前に糸川先生率いるISASが打ち上げたラムダロケットの技術そのものなのは嬉しかったりする。

2018年6月25日 (月)

カシオ追憶

デジタルカメラの先駆者カシオがコンデジから撤退 ↓

http://ascii.jp/elem/000/001/674/1674140/

一眼に参入しないカシオの強みは、流行りに乗らない“強烈な個性”

http://trendy.nikkeibp.co.jp/article/pickup/20120507/1040837/

と、たった6年前に「日経トレンディ」でもてはやされたカシオさん。私も同時期にコンデジから撤退したリコー・ペンタックスさんと比較して「さすが老舗だけあってカシオならではのコストダウンのノウハウがあるんだ。かつての電卓戦争で生き残った”カシオミニ”みたいに。」と能天気に構えていましたが、6年という歳月はフィルムカメラで言う30年分に匹敵します。やっぱりスマホとの競争には勝てなかった.....

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現在のデジタルカメラの基本フォーマットを設定したのは富士フィルムですが、現在の商品形態を確立したのは言うまでも無く1994年のカシオQV-10です。これ、NHKの「プロジェクトX」でも放送されましたね(↑上画像)。

カシオQV-10はパソコンを持っている人じゃないとありがたみが実感できない商品でしたので、当時はカメラ雑誌ではほとんど相手にされていなかったと記憶しています。一方、当時のパソコンに画像を取り込むにはフィルムカメラで撮影後フィルムスキャナで読み取るという2度手間にうんざりしていたCG関係者には大歓迎されました。何といっても現像プリントという「読み取ったらゴミにするしかない」無駄な紙やフィルムという資源の浪費が無くなり、電池の充電代だけで済むんですから。私も含めて1994年当時に10年後のデジカメがフィルムを淘汰すると想像できた人はほとんどいなかったと思います。

ついでに、更に言うと、1994年の段階で「20年後には携帯電話に内蔵された”写メール”が単体のデジタルカメラどころかフィルムカメラさえも凌駕してしまう」なんて誰が想像したでしょうか?

私の記憶では2001年に当時の「月刊カメラマン」誌上で「将来、モバイル(今で言うスマホやi-パッド)に録音も撮影も音楽再生も、音声と画像に関する記録と再生と送信受信の機能が全て内蔵されてしまって、「写真を写す機能しかないカメラは特殊撮影用の超高級機か、超低価格のトイカメラの両極端しか生き残れない」という投稿をしていますが、残念ながらその不吉な予言、見事に的中しちゃいました。リコー・ペンタックスがコンデジ市場から撤退するとき「今後は防水カメラやレンズ交換式カメラなど特殊用途や高級機に商品展開を絞っていく。」とコメントした事が見事に私の予言と合致しています。

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↑ https://kurashi-no.jp/I0015051より引用。

ただ、趣味や仕事で写真を撮る立場としては十徳ナイフよりも専用のナイフや缶切りやコルク抜きの方が使いやすいのと同じで、「専用に徹した道具」の方が絶対に画質も撮影範囲も使いやすさでも上だと思います。カシオのカメラはEXILIMEX-S2を初めて見たときは「これこそ21世紀の新世代のウェアラブルコンパクトカメラだ!」と感動しましたし、今の愛機EXILIM・EXーZR400は「普通の撮影だったらもうレンズ交換式の一眼レフいらんよなぁ~」と思わせるだけの撮影領域の広さと、十分鑑賞に耐える画質だと思います。

撮影機能だけに徹したコンパクトカメラは今後も生き残って欲しいなぁ~

2018年6月16日 (土)

ぽるしぇの大群

なにげにぽるしぇ911の大群が...

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なんだかシーラカンスの大群を見つけた気分です(W)。これ、オーナーズクラブの走行会でしょうね。

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白のカブリオレに乗っていた老夫婦、リアシートに大っきなキティちゃんのぬいぐるみ載せていました。何か微笑ましい(^^)。

私も今のめるちゃん買うとき、ぽるちゃんもかなり真剣に検討したんですよね(候補はボクスター)。でも厳寒の北海道でソフトトップのクルマ乗る自信が無かった。ミドシップじゃあカメラ機材もあまり積めないし。値段もめるちゃんの倍したし(これが本音)。

うちの界隈ではなぜかR170のオーナーさんをやたらと見かける。やっぱりバリオルーフというのが厳寒の北海道で支持されたんでしょう(参照:めるちゃんが帰ってきた! )。実際、めるちゃんの暖房は超強力です。氷点下10度程度ならオープンでいけます(バカ)。屋根閉めたら氷点下26度の釧路でも快適です。

めるちゃん(R170限定で)のオーナーズクラブ募集したら札幌市内だけでも2ケタ集まりそう。

PS)全国的には存在しているようです(参照↓)。

https://minkara.carview.co.jp/group/r170r171r172/

2018年6月 9日 (土)

やばいよ~絶対この人ウチのサイト読んでるよ~

私も愛読している「ニッコール千夜一夜物語」第六十一夜 Ai zoom-NIKKOR 50~135mm F3.5Sを読んで冷や汗かきました(詳細↓)。

http://www.nikon-image.com/enjoy/life/historynikkor/0061/index.html

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間違いないよ。絶対この人ウチのサイト読んで挑戦状叩きつけているっ!

(参照:ウチのサイトとは?↓)

http://masupi.com/contents4.htm

前も「2群ズーム」の項目で1961年試作のニッコール35-85ミリF2.8-4について「有名な失敗例」と書いたら(参照↓)

ニッコール千夜一夜物語

http://masupi.com/phase17.htm

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↑カメラレビュー1981年7月号より。

モロに「決してこのレンズは失敗作ではなかったと思います。」と反論来ましたからね(超汗)。

参照↓

http://www.nikon-image.com/enjoy/life/historynikkor/0056/index.html

>とある設計者に「この樋口氏のワイドズームに追いつくのに十年の時を要した」と言わせました。

↑「とある設計者」ってキヤノンの田嶋晃氏ですよね?(バラすなよ!)

話題をニッコール50-135ミリに戻すと、明らかに私が「4群ズーム」で記載した「山路式ズーム」の弱点を指摘したうえで、山路式(前から順番にフォーカス系、変倍系、補正系、マスター系に分かれた4群ズーム。参照↓)

http://masupi.com/phase19.htm

のままでどこまで広角域を広げられるのか限界に挑んだとあります(引用:その中で山路タイプは、この原理的に大型化しやすく、広角化に不向きな、このアフォーカルズームタイプに挑戦するものでした)。私のサイトで紹介したミノルタMD50-135ミリF3.5(1978年)

Md50135mm1

と同じ志で設計されたレンズなんですね。何というか、蒸気機関車で電車の速度記録に挑むような、電気機関車でリニアモーターカーの速度記録に挑むような(実際にやりましたよね、仏のTGV!)、ゼンマイ式腕時計でクォーツに挑むような、レシプロエンジンでジェットエンジンに挑むような、

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↑「衝撃降下90度」(松本零士著/小学館)ちなみに急降下での音速突破は速度記録として認められていません。

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ちなみに現実世界でのレシプロエンジン機の世界速度記録ホルダー。グラマンF8Fベアキャット「レアベア」1989年に850.26 km/hを記録しています。1960年代以降記録更新したのはP51とF8Fだけで、「やっぱりこれが限界」という事なのでしょう。松本零士さんのように二重反転プロペラにしてプロペラの回転速度を落としたらもっといけるかもしれないけど(P51ヤスピットファイアでは試されている)、反面重量増加が・・・まぁ私ごとき素人が考えることくらいとっくに「レアベア」のスタッフたちも気づいているからこそあえて単軸プロペラにしているんでしょうし。

こういう挑戦は私は好きです(汗)。『既存の技術でこれ以上はどうがんばっても無理だ!』という事を理論じゃなく、現物で証明すればユーザーも技術者も諦めというか納得がつきますから。技術史的にも決して無駄な挑戦じゃない。

つか、ミノルタさんが1978年に挑戦して「やっぱりダメだったかぁ」と結論付けて1982年に、贅肉的だったフォーカス系とマスター系も動かして全長を縮める事で広角側35ミリを達成したミノルタMD35-135ミリF3.5-4.5を発売しているのに(参照↓)

Md35135mm1

その1982年に改めてミノルタに挑戦状を叩きつけたニコンさんが熱いです!。なぜそこまでして「山路式」にこだわったんでしょうか?ニコン!!
今みたいにパソコンでいとも簡単に、造る前のレンズの描写をスポットダイヤグラムでシミュレーションできちゃう時代だったら、絶対試作する前にボツになっていたと思います。結局先行していたミノルタと同じ焦点距離、同じ明るさになってしまい、先人たちの経験通り「やっぱり4群ズームで広角は無理だ」という結論を再確認するだけの結果に終わっちゃいました。

「せっかく何年もかけて光路追跡計算してきたんだから、ダメモトでとにかく作ってみようじゃないか!(またニコンさんを激怒させるような発言を・・・・)」という設計側の情熱が良い意味でも悪い意味でも伝わってくる、古き良き時代のズームレンズだったのではないでしょうか?と言うか、なぜ営業は発売を許したんだろう?

PS)すみません。私も「ニッコール千夜一夜物語」で紹介された名玉、いくつか所有しております。個人的にはマイクロニッコール55ミリF2.8はお気に入りです。

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2018年6月 8日 (金)

プロがアマチュアに嫉妬して恥かしくないのかなぁ?

あまり責められたくないので詳しい情報ソースは明かしませんが、とあるプロゴルファーがアマチュアに嫉妬めいたこと言ったせいで処分されたと。

読んでいて本当に惨めで情けなくなりました。あのね?プロって将棋でも野球でもサッカーでも写真でも「アマチュアが憧れて学ぶべき存在でいること」が目的なんじゃないですか?

アマチュアよりも下手なプレイなんかお金払って誰も見に来ないんですよ。プロがアマチュアに負けたって事は、アマチュアより努力してなかっただけの話でしょう。

これも、前に書きましたが、私が以前クラシックライカで写真を撮っていると某大写真家センセイ様が「んなかったるいカメラで撮ってんなよ!」と因縁付けたことがありました。私は決してその撮影会で割り込みとかしていないし、モータードライブの無いカメラですので2~3枚程度撮影したらすぐ「ありがとうございましたぁ!次の人どうぞぉ~!」とすぐ席を譲って後ろに下がってます。むしろその「大写真家センセイ様」こそが秒10コマの高速モータードライブを連射して撮影ポイントを独占していましたか?

んで、その「大写真家センセイ」様の取り巻きの一人が「増田君の言うとおりだよね。どんなカメラ使おうと人の自由だよね~!」と私の前で言っておきながら私がいなくなったら「師匠の言うとおりだ!遊びで写真撮っているアマチュアのクセにライカで写真撮ってムカつくんだよっ!」と吐き捨てるように言っていたそうです。私に向かってもはっきり言いましたね「増田がライカで本当に写真を撮っているなんて知っているよっ!みんなお前のWebサイト見ているんだし。そんなに”あなたは写真がお上手ですね”ってプロに褒めて貰いたいのかよっ!」って歯軋りして目を血走らせて食ってかかってきました。何なんだ?この人..

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師匠も師匠なら弟子も弟子ですね。

何で「高価な機材さえあればアホでも傑作写真が撮れる!」とホザくなら、自分でもその「高価な機材」を買って生意気なアマチュアの私の鼻をへし折ってやろうと思わないんでしょうか?

または「プロはどんな機材でも傑作写真が撮れる」というなら超安物カメラで「生意気なアマチュア」の鼻をへし折るような超傑作写真を撮って来ないんでしょうか?

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私の敬愛するSF作家の野尻抱介氏は「他人の嫉妬やっかみ言う人は自分に自信がないからだ」とおっしゃられています(まあどの人生相談本にも同じこと書いていますが。私も大学で心理学の単位取ってますからフロイト博士の学説くらい知っています)。

その某大写真家センセイ達も「そんなことはない!嫉妬やっかみは他人に対する最高の賞賛だ!増田のためを思って言ったんだ!」とは間違っても言わないでしょう。私なんかを賞賛なんかしたくないはずだ!結局、自分の努力不足、勉強不足を認めたくないだけだ。

「プロがアマチュアなんかに嫉妬して恥かしくないのか!?」

「アマチュアの見本になるためにお金を貰うのがプロの仕事だろ!?」

どうなんでしょうか?

つか、私なんかに嫉妬して恥かしくないんでしょうか?もっと嫉妬すべき天才はたくさん居ると思んですが...

2018年6月 7日 (木)

新聞マンガ

父の死去後、実家の遺品の古書のうち、お年寄りにウケそうな書物は職場に寄贈しているんですが、超大ウケなのがこれ。だって、皆さんが働き盛りの頃の話題満載ですから(こういうのはリハビリ用語で「回想法」と言います)。

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1億人の昭和史。こういうの昭和時代末期にずいぶん流行りました。奥付では1981年刊です。懐かしいマンガキャラたくさん出てきます。

平成30年ともなると昭和は30年以上昔の事なんで、私の甥や姪にとっては昭和の時代は私の世代の戦時中に匹敵するくらい「別世界」になりますよね。今となっては「世界史の1ページに収まっている事件や出来事」が当時の新聞記事ではどう報道されたのかを知る貴重な資料になります。

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昭和ひとケタ世代で「おしゃれで羽振りの良い」良家の子女はモボ(モダンボーイ)、モガ(モダンガール)と呼ばれていました。昭和ひとケタで自家用車ってどれほどの富豪だったんでしょ?

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中学生の頃夢中で読んだ永遠のヒーロー。「太平洋ひとりぼっち」の堀江謙一氏(80歳)。当時は密出国だと叩かれた言われますが評価するマスコミはちゃんと評価していた!(1962年)。ちなみに「太平洋一人ぼっち」の中で「あんな小さなヨットで太平洋を横断できる訳がない!絶対途中で大きな船に乗り換えていたんだ。」と因縁つけてきた人物がいたと書かれていましたが、後年にそれを言った人物が石原慎太郎氏だと知って幻滅しました。若い頃からそういう事言う人だったんですね。

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旧ソ連のスプートニク2号でライカ犬が軌道を回った!(1957年)

ところがオチがあって、犬を乗せていたカプセルは大気圏再突入する能力が無く、記事のとおり犬は飛行中に死亡したと。ひどい話だ。当時アメリカの動物愛護団体が「動物虐待だ!」と猛烈に非難しました。それを踏まえてアメリカのNASAではマーキュリー計画で最初に乗せた動物(チンパンジー)を立派に大気圏再突入に成功させ生還させました。そのエピソードは映画「ライトスタッフ」に詳しい。私も子供心に心を痛めた事件でした。

詳しくはここ参照。ソ連のライカ犬は↓

http://karapaia.com/archives/52232427.html

で無事に生還したNASAのお猿さんたちは↓

http://karapaia.com/archives/51432394.html

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「黒いジェット機」U2事件(1960年)。このパイロット、生捕りにされてしまったんでアメリカもシラを切ることができなくなり、マッハ3級の怪物ロッキードSR-71開発のきっかけになりました。YouToo(お前もな!どっちもどっちだ!)という皮肉が効いてますな。

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ケネディ大統領暗殺(1963年)。まさか、日米最初の衛星放送実験最初のニュースがこれだとは...NHKプロジェクトXでも書いていますね。ちなみに私の母はOL時代、慰安旅行の定山渓のホテルでこの実況中継を見たそうです。

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このあたりになると私が生まれた頃なので、実感がわいてくる。「上野動物園にパンダのカンカン・ランラン来日」「グアム島の横井伍長、フィリピンの小野田少尉が帰還」(1972年)まだ戦後は終わって無かった。

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田中角栄首相の「列島改造論」(1973年)とやらで日本中公害だらけ!当時散々非難されましたが、はたしてそうか?45年前に田中角栄氏がブチ上げた「青函トンネル」「東北・上越・九州新幹線」「明石大橋」は21世紀の現在立派に日本列島の大動脈となりました。大気汚染や水質汚濁は、当時の汚染処理技術が未熟なだけで改造論のせいでは無いと思います。今やどんなド田舎にも水洗トイレが完備して、40年前はドブ川だった多摩川に今や鮎が遡上するほど水質は改善しています。九州や東北に新幹線を通すと田中氏がブチ挙げたとき、政敵だった福田首相は「狸でも乗せる気か?採算取れる訳がないだろう!」と非難しました。45年後の現在に見直してみたら福田さんは目の前の国鉄の赤字しか見てなかったけど田中さんは40年後の未来を見通していた!

どちらが優秀な首相だったかとここで論じる気は無いし私にそんな分別は無いが(一度は田中さんがブチ壊しそうになった現在の日本とアセアン諸国の蜜月関係を構築したのは福田さんだ)政治家の偉業は数日や1~2年で分かるものじゃなく、30年40年たって初めて「あの人の言っていたことはこういう事だったのか!」とわかる事も多いのだということが過去の新聞報道を見てわかるものなんだなぁと思います。

あたしぁ、「ボンボン育ちの世襲政治家に、俺たち貧乏人の苦しさがわかってたまるか!」なんて一度たりとも思った事はないですけどね。

2018年5月15日 (火)

人の努力や成功を素直に褒められる人間になろう

今週の「ぼく勉」は関城紗和子さん回。

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100点の答案用紙を見てにんまりの関城さん中学時代。

義務教育課程だったら100点取るのはそう難しいことじゃない。のび太君でさえ100点取った事あるんだし。ちなみに私は中学校の定期試験では数学で1回、理科で2回100点取っている。惜しかったのは地理の試験で1問だけしくじって97点だったとき。あれは赤点より悔しかったなぁ~angryなぜかというと100点取ったら母がおこづかい千円くれたから(目的はdollarかいっ?)。

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そしたらクラスじゅうで総スカン食らって保健室授業になってしまうcrying

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私も中学で同じ経験してます。もちろん自分の点数を自慢するほど空気読めない君じゃないので(いくら私でも...)誰にも見られないよう貰ったらすぐ折りたたんでカバンにしまおうとしたらクラスのいじめっ子が「おいっ!増田何点だったんだ?見せてみろよっ!」と私の気持ちも察せず私の答案用紙をひったくったあげく点数を見て

「ふざけんな!この野郎!」

といきなりみぞおちにボディブロー食らわせやがりました。だから見るなと言ったんだ....教師は何も助けてくれませんでした。

「それだけの秀才君が何で今うだつが上がらない平サラリーマンしてんだい?」はい、それは私がリアル緒方理珠&古橋文乃だったからです。つまり「得意科目だったら上位だけど苦手科目が徹底的にダメだった」から(w)。

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信じられないことに私の中学の通知表には1から5まで全ての数字が並んでいました(これはこれで神業だな...)。だから私もこの二人の気持ちは良くわかるんですよ。もっとも私は苦手教科を受験科目に選ぶほどチャレンジャーじゃなかったので桐須真冬センセのおっしゃるとおり、得意科目の生物・化学で受験できる医療系に逃げましたが。この「得意なことしかできない。苦手なことは徹底してできない」弱点は興味も情熱も無いのに「得意科目だから」というだけで医療職を選んで社会人になってしまった後々、ずっと私の人生に重くのしかかっています。だから出世しないし、だから貧乏なんですけど。

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ただ、自分より優秀な人間を「あれは別次元の人間だ」と拒絶して認めようとしないのが「空気を読む」ことなのかというと、それは性根が卑しいのではないでしょうかね?嫉妬したってその人と同じことはできないんですから。

「自分より優秀な人は自分よりも努力したんだ。」となぜ賞賛できないんでしょうか?

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「空気を読む事とはできたのにできないフリをすることなんですか?」

だから私、「カネさえあれば誰だってあんな大学入れる」とか「あんな良いカメラ持ってたら誰だってこの程度の写真は撮れる」なんて言う奴には徹底的に食って掛かって訂正させます。「だったら入ってみろ!奨学金受けて!」「だったら撮って見ろ!機材貸してやる!」と。

以前、雑誌上か何かで「写真を撮るのにプロもアマチュアも関係ありません」とかご立派なご発言していた某大写真家センセイさまがおられましたが、その大写真家様。私がいない場所で「増田は遊びで写真撮ってるアマチュアのくせにライカなんか使ってるからムカつくんだよ!」と吐き捨てるように言っていたそうです。「よくぞ裏と表でここまで正反対な事が言えるな、この大写真家センセイさまは?」と逆に清々しさに感動した覚えがあります。アマチュアに嫉妬して恥かしくないのかこの方は?そういう発言をすればするほど自分の立場が悪くなるし、自分自身が惨めになるだけなのがわからないんでしょうかね?私、はっきり言ってやりました「じゃあプロが主催する撮影会ではわざと安物のカメラを持って行き、箸にも棒にもかからない駄作写真を持っていけば良いんですか?」と。その某大写真家センセイ様「君ねぇ、もうウチの撮影会来ない方がいいわ!」と捨て台詞吐いていきました。もちろん、その後二度とその某大写真家センセイが主催するイベントには足を向けていません。嫉妬心は犬や猫やオカメインコでもある高等動物の本能なので、それを一切するなとはいえませんが、人間には犬や猫やオカメインコとは違って理性があるんですから頭の中で思うだけにして、決して口からは出さないほうが良い。それが処世術というものだと思うんですが。ああ、そういえばその某大写真家センセイとその取り巻きたちの口癖でしたね「空気を読めよな」って言葉。嫉妬されないようわざとできない振りをするのが「空気を読む事」だと言うなら、そんな空気全部吹き飛ばしたほうが良いと思うし、そもそも関わる価値など無い人たちだと思います。緒方理珠や関城紗和子の言う通りだ。

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