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2016年8月10日 (水)

ゲートガード

ど~も。母の入院が長引いて、ここんとこ、父の入所施設と母の入院した病院と、空き家になった実家の三箇所をはしごしてました。疲れた...母の入院で鉢植えをかなり枯らしてしまい、もう維持は無理かと思い、値段がつきそうな鉢植えを職場に寄付してきました。価値があるのはわかるけど、興味も知識も無い私には管理できない。職場に持っていけば、詳しい人がいるでしょう。

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さてさて、引き続き千歳基地です。正面入り口をくぐると、最初に来客者をお迎えするのがゲートガードと呼ばれる(自宅警備員みたいなもんか?)退役機達。最近F4ファントムも仲間入りしました。でも一番目立つのはこれ↓

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ロッキードF104Jスターファイター。私が中学生の頃まで現役でした。今はF15イーグルの部隊が引き継いでいるパンダマークを最初に採用した機種です。

このエンジンを積むギリギリの寸法まで贅肉をそぎ落とした胴体に必要最小限の翼面積に当時、未来を感じましたね~NASAでもスペースシャトルの追跡機に採用してましたね。

エンジンのパワーウエイトレシオにモノを言わせて、上昇速度だけならば自衛隊史上今なお最速だそうです。専守防衛に徹した日本の国情には合っていたのではないでしょうか?

一方、こちらは私が産まれる前にすでに退役しているので良く知らない(子供の頃、実家に1/72のプラモデルがあった)F86Dセイバードッグ。

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何気にこのレド-ムのデザインは海軍のクルセイダー(エリア88の真の最初の愛機で有名)やコルセアに影響を与えたと思います。運用期間が1961~1968年という信じられない程短い理由が子供の頃よく分からなかったんですが、F86Fの方は三菱でライセンス生産の契約をしていたのでクリティカルな構成部品は新規調達できたのに対し、このF86Dはすでに生産停止していた在日米軍のお古を無料で貰った(正確には貸与)ので、当初から交換部品が無く、部品取りの機体をバラして「共食い整備」で運用していたのであっと言う間に部品が枯渇してしまったという事のようです。(韓国と台湾ではもう少し長く運用していた)

すでに自衛隊では1964年からF104をライセンス生産も含めて契約していたので(その顛末は映画「今日も我ら大空にあり」に詳しい)、すでに旧型でミサイルが使えないF86Dを配備するつもりは当初無かったんですが、「日本で使わないならスクラップにするから」と米軍に言われて「タダでくれるならF104が配備される前にレーダー付き戦闘機(当時、全天候戦闘機と呼んだ)を運用する練習台になるか」というノリで配備したみたいですね。

自衛隊にとっては、突然押し付けられた訳で、そのせいかググっても飛行中の写真が出てこないです(w)。

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また、もともと日本の風土に合わせて設計された訳でないので真空管だらけのレーダーは高温多湿の日本ではよく故障して、整備員泣かせだったとか。これに懲りて、その後自衛隊は、ライセンス生産と自国開発に拘るようになったと聞きます。

ただ、F86Dでレーダーの使い方に慣れたパイロットは比較的早くF104に機種転換できたのに対し、レーダー無しのF86FからいきなりF104に移ったパイロットはアフターバーナー付の加速性能も加わって、すごく苦労したとも聞いたので「タダで貰った割には役に立った」ようです。
こいつのマイティマウス無誘導ロケット弾の発射シーン見てみたかった。

PS)執念深くググっていたらやっと飛行シーン見つかりました。1964年の東京オリンピックの聖火を運んだ全日空のYS11オリンピック号を随伴するF86DとT33。撮影地は千歳とあります。

Photo

http://dansa.minim.ne.jp/RS-04YS-1-2Sisaku12.htm

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