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2017年3月12日 (日)

平穏死のすすめ

先週母から電話が来ました。入院中の父が経鼻栄養も受け付けなくなったので(詳しくはわからないが逆流性肺炎とか下痢だろうか?)、静脈栄養の同意を病院から迫られたとの事で、土日に実家に帰り病院で「回復の見込みが無いのでもうやめてください」と言付けてきました。

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↑こんな本になっている位だから終末期医療の現場ではすでに問題となっていることを母に説明したら母も「断って良いんだね」と安心された模様。

それにしても、倒れてたった1年半で、認知症の進行も衰弱の仕方も早すぎやしないか?パーキンソンやアルツハイマーや癌という進行性の疾患じゃない。ただの脳出血後遺症による左片麻痺が今年の1月には経鼻栄養、2月には会話もできなくなり3月で静脈栄養って...

リハビリを軽視するといかに恐ろしい事になるかという最悪の見本です。「言語聴覚士と作業療法士の言いつけを守ってリハビリをちゃんと受けていればお父さんはまだ車椅子に座って口から食事できていたんだ!」と言ったら母も「私もそう思うよ。本人がまるでやる気無いから仕方ない。」と認めていました。(参照:https://ansinkaigo.jp/knowledge/6576

一昨年7月に倒れて病院に入院してもリハビリ拒否!車椅子に乗るのも拒否!食べるのも面倒くさい点滴で良いと拒否!トイレ行くのも拒否!オムツの中に垂れ流しにするの楽でい~!テレビつけるのさえも拒否で撤去!まるで独房のように何も無い真っ白い部屋でうつろに天井眺めているだけの1年半で、猛烈に廃用も認知症も進みました。

倒れる前から言ってました。「タバコで脳卒中になって寝たきりになるなら本望だ!」「あ~早くボケて寝たきりになりたい。ボケは神様が人間に与えてくれた安らぎの時間なんだ!」と。

まあよくぞここまで息子の職業を侮辱できたもんですが、実際に父が宣言したとおりの結果になりました。安らぎかどうかは別として....

思うに、本人はかっこいい事言っているつもりだったんでしょうが、父は認知症は当然として(多発性脳梗塞でした)老人性うつだったんですね。「一生寝ていたい」「早く寝たきりになりたい」これうつ病患者さんの常套文句です。父の来客嫌いは異常でした。姉の友達が実家を訪ねてきた時は父は苦虫をかみ締めたような顔でイライライライラ。その来客が帰ったとたんに「何であんな女を家に入れたんだあぁ~~!」と絶叫され大暴れされました。「あのお客さんがどんな粗相をしたというんだ?自分の子供の友達が家に来るのが何が悪いんだよっ!」と私が言うと全力疾走で外に逃げる。その後私も2年くらい実家に立ち寄らなくなった位です。

また、父のカメラ趣味を聞きつけてせっかく善意で尋ねてくれた札幌ライカクラブのI氏を罵声を挙げて追い払い「あいつは写真が好きなんじゃない!ただのコレクターじゃないかっ!そんなに自分のライカ自慢したいのかよっ!」と暴れ散らしましたし、池田町在住の叔父貴がフクロウの写真を送ってきたときは

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「けっ!あいつは写真がうまいんじゃない!カメラの技術にオンブにダッコしているだけだ!あんな良いレンズ持っていたら誰だってこれくらいの写真撮れる!」と吐き捨てるように暴言を放ちました。さすがに息子の私も情けなくなって「いやあ、お父様のおっしゃるとおり、あんな良いレンズ(どんなレンズか知らんが)持っていたら、誰だってこれ位撮れますよね!じゃあ、物置に入っている僕の600ミリレンズ貸してあげるから一緒に鶴居村に鶴の写真撮りに行って叔父さんの鼻をへし折ってやろうよ!」とけしかけたら、猛ダッシュで外に逃げていきました(情けない...)。

父を追いかけて「ねえ、一緒にいこうよ。冬のタンチョウ見たら絶対感動するよ。現地まで僕がクルマ運転してあげる。現地で機材は全部組み立てて、あとはシャッター押すだけでござい~って所まで手伝ってあげるから叔父さんの鼻をへし折ってやろうよ。」と言ったら「イヤだ!絶対に行かない!そんなに行きたければお母さん連れて行きゃいいだろうがっ!!」と半狂乱で答える始末。「お母さんは関係ないでしょ!?あんな良いレンズさえあれば誰でもこんな写真撮れるって言ったのはお父さんだ!自分の言葉は自分で証明しないと意味無いでしょ!?」と怒鳴りつけてやりました。はい、本当に父一人家に置いて母と一緒に鶴居村いきましたよ!!

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↑同じ機材渡されて同じ場所に連れて行って貰っても、同じ写真が自分には撮れないなんて事わかっているだろう?自分には撮れない写真が撮れる人、自分には買えない機材を持っている人には嫉妬やっかみひがみをぶちまけて暴れまわる。決して他人を褒めることは無く罵詈雑言と悪口ばかり...
ここまできたらもう狂人だ。幼少期から耳にタコができる程聞かされました。「俺は本気出せば何でもできるけど今は本気出さないだけなんだ。」「俺は中学生の頃マラソン大会でいつも2位だった」「俺は柔道黒帯だった」。子供の頃は信じようとしたし母も「お父さんは本気出せば何でもできるんだよ」と横から言っていたけど、これ全部ダメ人間の妄想だ。「中学でマラソン2位」だの「柔道で黒帯」なんてアスリートが老後こんなにヨレヨレになっている訳ないでしょう。つか、こんな1秒で嘘とわかる口からでまかせを平気で子供の前で自慢すること自体、正気じゃない。本当にそんな輝かしい過去があるんだったら自慢大好きでコレクターの父の事だ、部屋中に賞状や盾やトロフィーで埋め尽くされているはずだ!!

思うに父は高血圧なのにタバコをやめずに心臓を壊して働かなく(「働けなく」ではない!)なった30年前からすでにうつ病だったんだと思う。「孫のことがどうしてもかわいいと思えない。孫が家に来るのが苦痛で苦痛で仕方が無い!」とも母に言っていたそうだし。そりゃ、私もわかっていた。「とっくにみんな気づいているよ。嫌いなのになぜ家に来いなんて言うんだ?孫が嫌いなら孫が来た日は一人で居酒屋でも行きゃいいでしょう?お金さえ払えばお客様扱いでチヤホヤしてくれるんだから。」と言ったことがある。

努力が嫌い。我慢が嫌い。ルールやマナーを守るのが嫌い。人から忠告されるのが嫌い。好きなものしか食べない。好きなことしかしない。で、自堕落に不摂生を極めて自分で自分の身体を壊し、寝たきりになったらふてくされて全ての行為を拒否する。父は30年前に心蔵を壊した時点ですでに廃人だったんだろう。

「まだやり残したことがたくさんある!」と言う人を延命するのは私はしごく真っ当だと思います。しかし、「早くボケて何もわからなくなりたい」という人間を延命させて何の意味があろうか?父の苦しみを伸ばすだけではなく、医療費の浪費以外の何物でもない。静かに眠らせたまま安らかに逝かせてあげるのが優しさではないだろうか?

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