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2023年4月11日 (火)

たまには毛色の違う本を読んでみる

あと9日働けば今の職場からおさらばできる。実は先週金曜土曜も疲労が溜まり、よっぽど休もうかと思いましたが次の職場に移っても今の職場との商売上のお付き合いは続くので円満退職しなければいけない。一昨日の日曜日は午後2時まで布団から出られませんでした。本日は「遺失物が小樽警察署に届いていますよ!」という郵便が有ったので、それを口実に(実は休養のため)午後早退しました。警察署から帰って布団に潜った途端に意識を失いました・・・熟睡じゃなくて気絶です。目が覚めたのは午後5時半。もぉダメだ・・・・

漫画の「ゴールデンカムイ」じゃないけど私は明治時代の近代日本史を描いたフィクション・ノンフィクションが好きです。フィクションなら「坊ちゃん」「舞姫」ノンフィクションなら司馬遼太郎氏の「坂の上の雲」、北里柴三郎や野口英世の伝記など。今や飛行機で10数時間で地球の裏側まで行ける時代ですが、空を飛べなかった時代に外国へ行く方法は船旅が唯一の手段。まさしく「洋行」だった訳です。渡航しても生活の保障何か何も無いのに、失敗しても帰国する金も無いのに「片道切符」で洋行した人たちの勇気や戸惑い、不安を想像すると何かワクワクする。そんな事を夢想していたら私の好奇心をずばり満たす本が昨年出版されたので出たらすぐ注文しました。

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「船旅の文化誌」富田昭次著/青弓者/2022年刊)

去年買ってそのままそのまま「積ん読」していた本ですが、今日は仕事早退したので斜め読みしてみる。

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たった半日でお別れの飛行機と違い、海外航路の船となると数週間のお付き合いで「生活の場」となるので飛行機の旅とは次元の違う「生々しい生活臭」がありますよね。数週間の航海の後船を降りた時には船室に乗客の体臭が染みついている位に。数週間毎日寝泊まりするんだし毎日食事するんだし、入浴や洗濯もしなければいけない。それ以上の数か月に及ぶ長旅では中には病気になる人ケガする人もいるだろうし、「暇な時間つぶし」の娯楽が求められる。当時の豪華客船を「海の上のホテル」と形容しましたが全くその通り。音楽や図書館や舞踏会(20世紀以降は「映画」)が無いとやってられなかったでしょう。航海中は毎日ホテル暮らしと考えて間違いない。今見ても驚くほど豪華なインテリア!!

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明治時代は今以上に絶望的な程の「格差社会」だった。上はドイツ・ブレーメン号の1等船室ラウンジ。政治家や王侯貴族たちの「社交場」です。下は中産階級(この時代の「中産階級」と今の「中流家庭」は別物。この頃の「中産階級」とは貴族出身ではないエリート)の医者、技師、軍人将校、外交官、国費留学生などが利用した2等船室のカフェとラウンジだけど、これでも庶民には豪華すぎて落ち着きませんね。

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当時世界最大と言われたノルマンディー号の食堂。ぎょえ~!!私陸上のホテルでもこんなところで食事したこと無いです。

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日本人ならお馴染み。今横浜で係留されている「氷川丸」現役当時の船内。流石にノルマンディー号やブレーメン号に比べると船自体が小さい分狭いのがわかる。けど、狭いなりに内装は立派。氷川丸の「1等船室」は戦前欧州の超豪華客船の「2等船室」プラスアルファ程度ですけど私はこの程度の方が落ち着く(笑)。氷川丸で神戸→シアトル間の行程で14日かかったそうです。2週間過ごすならこの位の船室に泊まりたい私。

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そして「お約束」!明治時代の「博愛丸」の3等船室。後に小林多喜二の「蟹工船」のモデルとなったことで悪名高い船です(笑)。2段ベッドでプライバシーゼロ。右でお母さんが人前もはばからず赤ちゃんにお乳を与えています。ベッド下で遊ぶ子供たちの姿は下町の風景そのもの。いや、明治時代ですから初めてベッドで寝た人も相当多かったはず。上のサイトでも書いていますが

>三等船室は大部屋で、竹で編んだ幅60センチ長さ2メートル70センチの蚕棚式のベッドだけが各人の自由になるスペースでした。換気が悪いところに大勢が詰め込まれているので、人いきれ、食事の臭い、そこかしこにある船酔いの吐瀉物の悪臭などが入り交じり、それだけでも吐き気をもよおす異臭が鼻をつきました。狭さもですが、それ以上にこうした悪臭、それに寒さが、三等船室の船旅を耐え難いものにしていたのです。

↑とある通り壮絶な住環境だったんでしょう。明らかに画面左側は中国人の出稼ぎ労働者(辮髪)が描かれているし。「博愛丸」は上海⇔神戸間のわずか1泊か2泊の旅なので大人も子供も遊園地気分でしょうが、これが数週間に及ぶ上、3等船室に乗る位の乗客は殆どが移民目的で「二度と故郷に戻ることのない」片道切符の旅。技師や留学生は防犯のためにも2等船室以上に泊まっていた。3等船室の乗客となればこの航海のために全財産をつぎ込んだり借金したはず。当時の旅行パンフでも「無事到着できれば、1等でも3等でも同じ」と叱咤激励していたとあります。全くその通り。船にいる間は作家や料理人や床屋や演奏家でもない限り船上でお金を稼ぐ仕事なんて何もできない(教師はどうだろう?数か月に及ぶ航海中子供たちに勉強教えたりしたんだろうか?)。農夫や鉱夫や工事夫などの陸の仕事なら猶更。だったら船代に使う金なんて節約して上陸した後に備えて現金を残せ!という事ですね。

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昭和1ケタ時代。ブラジル移民たちが二度と帰国する事のない旅路で乗った「ぶえのあすあいれす丸」。流石に明治時代の「博愛丸」に比べたら船室もだいぶマシになっています。長旅の退屈とストレスを発散するために甲板上で開かれた「運動会」。子供たちはしゃぎまくってます。異国での新生活に不安を感じている大人たち比べて「1生に一度の経験である移民の旅」新天地への夢の旅に向かう子供たちの方がよっぽど楽しそうですね。この子たちの子孫が現在の日系ブラジル人です。あ”~!一生に1回くらいは時間を気にせず仕事を忘れて船で長旅したいなぁ。インターネット社会の現代ならば船の上でもブログやSNSで世界中の人と交信できるんだから。飛行機の旅で隣り合った人と自己紹介したり身の上話することはまずないけど、2週間に渡る船旅で毎日「同じ釜の飯を食う」のなら自己紹介したり、目的地に着いたら連絡してくださいね!と約束したりする事もあるでしょう。米国やロシアの「大陸横断鉄道」でもたまたま同席になったお客と意気投合し旅を終えて別れた後も連絡をやり取りする話が出てくる。

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