介護支援専門員(ケアマネジャー)に転職して4か月。施設ケアマネとして働くために必要な講習も終え、9月から本格的にケアプラン作成や請求業務を任されています。

10年間憧れてきた職業なので毎日が超楽しい!性に合わない人なら胃が痛くなるようなケアプラン作成や福祉用具の発注や月末の請求業務。どれもワクワクする程面白い!!
本当はめっちゃくちゃ疲れているはずなんだけど仕事が楽しすぎて疲れを疲れと感じないナチュラルハイ状態になっています。

この度立て続けに2名の新規入所が決まり、「2名分のケアプランと提供票俺一人で今から作れってか?」と・・・

↑提供票とはこんなの。素人が見ても何を意味するのかさっぱりわからない。
書類業務だけでなく新規入所者2名のベッドと車椅子と歩行器も福祉用具屋さんに発注かけなきゃいけない。
デスクワークで忙しいのに現場組からは容赦なく「OOさんの部屋のトイレマジックリン無くなった!」「△△さんのオムツ無くなったから注文して!」「◇◇さんの部屋のテレビがつかなくなったから見て~!」「体重計の電池切れたから入れ替えて~(それくらい自分でやれっ!)」「XXさんの旦那さんが亡くなってお葬式に行くから今日の昼食から明日の昼食まで食止めにして!」と容赦なく雑用が舞い込んでくる。ご家族に差し入れのお願いの電話すると息子さんから「なんで俺があんな母親のためにそんなことしなきゃならねぇんだ~~!!おめえらで勝手に買って請求書送れ!金は振り込んでやる!!」とモンスター息子さんにドヤされる。日用品の発注もケアマネの仕事です。昨日今日の2日間何やっていたのかよく覚えていない・・・・
この2日間パソコンにしがみ付いていました。が、この修羅場感がすっごく楽しい。

↑修羅場の後。だいたい入稿した後は誰でもこうなります。
あたしのばやい右目が網脈絡膜症やらかしているので(緑内障もちょっとあるらしい)幻覚で何でもなく本当にこういう風に風景見えます。大脳が「これはヤバイ!」と判断しているのか両眼を開けている時は右目からの情報は大脳がキャンセルしているので日常生活に支障は無いですが試しに左目を閉じて右目だけで外を見たら本当にシュールリアリズムの世界に・・・・・。もうポンコツ人間だ。つかカメラオタク、フィギュアオタク、アマチュアトレーダー(個人投資家)でコミケの中堅常連同人作家となるともうダメ人間として行きつく所まで来ている。

やっぱりケアマネに転職して良かった。ケアマネこそが私の天職だったんだと自分の選択が正しかった事を噛みしめています。少なくとも徹夜勤務や週休1日制半ドン無しとかサービス残業がデフォとかからは解放された(←どんだけ酷い職場だったんだよ)。

昨日、職場で敬老会があった日なのに施設長のお母さまが倒れたと言って欠勤(つか、施設長本人が過労で倒れても全然おかしくない)。よりによって行事の日に施設長(女性、独身)が留守何て!!実質この職場のナンバー2(私にその自覚は無いが現場組はみな「ケアマネってこの施設で二番目に偉い人なんですよね」とか言っているし看多機の看護師からも本社の人からもそう言われた・・・会議の際に本社の人から「自分はまだ新人だと思っている人手を挙げて~!」と言われて同人誌執筆で頭が疲れまくった私が何も考えずに手を挙げると会議後呼び出されてきつく叱られたわ・・・・「ケアマネはこの施設のブレインなんだぞ!」と・・・)の私に重圧が・・・

敬老会でお年寄りに出された生寿司。スーパーのパック寿司だけど、毎日冷凍食品を温め直した料理ばかり食べていて生ものに飢えているお年寄りは大喜び。私も頂きました。食べれなかった施設長さまご愁傷さまです。

本日は尊敬する女性上司施設長と二人きり(思わせぶりな書き方)で手稲区にある老健に近いうちウチに入所するかもしれない患者様の実調(実態調査)に行く。私の記憶が間違ってなければ今月、実調5件目じゃね~か?。5室も空き部屋ねぇよ!!。大の施設長ファンの私は内心ウキウキ(食事くらい誘えばいいのに・・・)。本人は「私みたいな男女嫁の貰い手無い」と言っていたが私の目には十分美人だし仕事ができるかっこいいキャリアウーマンだと思う。車内で「お母さま大丈夫でしたか?」と聞くと「突然めまい起こして前のめりに倒れておでこ撃ったって。病院の検査では脳梗塞とかじゃなくて即日退院できた」という話でほっと胸をなでおろす。いま施設長に退職されたら私パニックだ。症状からしてメニエル病とかだろうか?
実調の老健。あれ?何か見た事あると思ったら。

父の人生の終着駅になった宮の沢病院と併設の老健だった。7月も要介護5になった私の受け持ちがここに転院していった。手稲に転職してから何かとこの病院とは縁がある。
帰りのクルマの中で「どうりで見覚えあると思ったら宮の沢病院の後ろにある老健なんですね。ここ、私の父が最後を迎えた病院なんです」と話したら「え?増田さんって札幌出身だったの?」そうですよ。私の母校は手稲高校ですから。
「父が寝たきりになった時は母も入院中で母の病院、父の病院と小樽の職場を三角に往復して走り回って大変でしたよ。でも父に老健は無理です。口から水も飲めないんですから!一刻も早く療養病棟申請して下さい!と倒れた直後に申請したおかげで倒れてたった1年で宮の沢病院に入院出来て父からも”最初っからこういう所に入れてくれれば良かったんだ”と喜んでもらえました。そのときですね。自分が本当にやりたいのはリハビリじゃなくてケアマネだったんだと思ったのは・・」と言うと「始めから手稲に縁があったんだね」と褒めて貰えました。
職場に帰ったら二名分のフェースシート、ケアプラン、実績表を鬼のように打ち込みました。先輩ケアマネから「もう出来たの?早いっ!」、まあ前の前の職場でもケアプランのうちリハビリに関する部分は私が自分で打ってましたから慣れています。「実調に増田さん連れて行くと家の間取りまで描いてくれるのでとても助かる。」と同僚ケアマネにも喜ばれて「実調にはぜひ増田OTを」と指名が来るほどでした。難なく定刻で帰れましたよ。

作業療法士やってた頃は汗かくので煎餅とかあられとかしょっぱい系のおやつを体が求めていたけどケアマネに転職したら脳みそを総動員するのでやたらとブドウ糖を体が求めるようになり甘いものが欠かせなくなった(笑)。

明日は休みだ。思う存分寝るぞ~!とワクワクして帰宅したらポストに分厚い本が・・・注文していた2万円の超豪華本「双眼鏡の歴史」がもう届いた!!これで対冬コミ本の執筆再開できる。これは寝てる暇無くなったぞ(少しは休めよ!死ぬぞ!)。