書籍・雑誌

2018年4月22日 (日)

カメラこだわり読本

これも実家の遺品整理で出てきた本。毎日グラフ別冊「カメラこだわり読本」私が大学生の頃の本ですね。

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実は凄かった日本の宇宙開発でも紹介したけどやたらと毎日グラフの別冊が出てくるのは父の職場が毎日新聞の販売所だったからです。

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私的には「ついこの間のカメラ」だと思っていたニコン35Tiって私の新卒の年の発売だったのか!(1994年)。もう四半世紀昔の電気カメラなんていつ「御不動様」になってもおかしくありません。断腸の思いながら、値が付くうちに手放せて良かったです(詳細さよならコンタックス )。後日聞いた話では、手放した父の遺品ですが道外からも購入の打診があったそうです。きっとウチのブログの愛読者様だな(w)。高値で買い取ってくださり感謝してます。ちなみに売り上げは全額母に手渡したので私はビタ一文儲かってはいません。

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お~!スピグラ(スピードグラフィック)。戦中~戦後のアメリカで報道カメラと言えばコレでした。東京初空襲(1942年)の後の記者会見でルーズベルト大統領を取り囲むプレスがみんなこれ担いでいる写真見たことがある。こんな重たいカメラで取材していた先人の苦労には頭が下がりますね。ちなみに私の父、「キヤノン7」の項(参照:http://masupi.com/phase6.htm)で書いていますが独身時代、本気で報道カメラマン目指して北海タイムスの写真部に在籍していました。時期的に1960年ごろか。実際にスピグラも触ったと証言してましたね。ただ、辛抱の無い父の事だったんで「いつまでも下働きで脚立持ちとかフラッシュバルブの交換(この当時はストロボじゃなくて1発ごとに使い捨ての閃光電球でした)しかやらせてくれないし、しかも給料安くて「やってられねぇ」って営業に移らせて貰ったんだ!」とか言っていた。私がプロ写真家になりたいような素振りを見せたらロコツに嫌な顔して邪魔したのは自分自身の経験があったからですね。まあ、父の言っていることは私も理解していたのでそれを責める気は無いですが。

どうでも良いトリビアですが、「スターウォーズ(エピソード4)」のライトセーバーの握りの部分はこのスピグラのフラッシュ基部が使われています。

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「あの時代」を感じさせる特集記事。コダックのディスクカメラです。ディスクって言ってもCD-ROMじゃないですよ。(蛇足ですが、かつてSonyがCDーROM1枚を丸ごと記憶媒体とするデジカメを発売した事がある。1回撮影する毎にCD-ROMが「うぃ~ん!」って回転するの。あれ、豪快で面白かった。)このように円盤状に配列したフィルムに画像を感光させるんです。

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これ、一目見ただけで「ダメだな」と思うでしょ?当時小学5年生だった私のガキの知能でも「こんなもん売れるわけが無い!」と一目で見破りましたもん(w)。まず、撮影画面がミノックスよりも小さいというだけでも論外なのに、ミノックスは一眼レフ並みに精密なフォーカスとB、1/2秒から1/1000秒という超ワイドレンジのシャッターでフィルムのラチチュード(許容範囲)に甘えず正確な露出設定が出来たからあの画面サイズでも「何とか」使い物になる画質になったんです。画面サイズが小さくなるほど、引き伸ばし倍率が大きくなるから、ラチチュードに甘えた雑な露出設定ではアラが増幅される(だからフジペットとかコダックブローニーホークアイなど、過去の露出固定のボックスカメラは中判が多かった)。

それなのに、コダックディスクは固定焦点で単速シャッター。つまりあの小さなフラッシュが届かない距離では即撮影不能。せめてプログラム露出くらいにはして欲しかった。最悪なのは電池が自分で交換できない事。つまりカメラに電池がハメ殺しになっており、電池が切れたらおしまい。「超時空世紀オーガス」のモームか!(またマニアじゃないとわからない突込みを・・・参照:https://dic.pixiv.net/a/%E3%83%A2%E3%83%BC%E3%83%A0)アニメで見たかったらここ参照:https://www.youtube.com/watch?v=Z4dvgKsEu8s涙無しには見られません)。一応電池切れしたらメーカーに持ち込んだら交換してくれるという仕様でしたが、こんな安カメラ、電池交換しにカメラ屋さんに持っているお客いると思いますか?要するに「高価な使い捨てカメラ」だった訳です。アメリカ人のこういう発想が、小学生の私には良くわからなかった。ポラロイドなんか電池をフィルムケースに内蔵するという資源の浪費っぷりです。10枚撮影したらバッテリーごと不燃ごみ!日本(富士フィルムしかないが)だったら絶対こんな設計しないですよね。

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こんなくだらないシステムのために、現像所は新しい現像設備を高い費用で買わなければいけなかった訳です。富士もコニカもひどい殿様経営に付き合わされたもんだ!!

結局私の記憶では1998年にフィルムの生産が終了してこの馬鹿馬鹿しいシステムは命脈を絶ちます。買わなくて良かったよ本当に(w)。

ただ、散々酷評したけど、デザイン面だけは小学5年生の私は高く評価してました。未来のコンパクトカメラはみんなこういう風なカードみたいなサイズになると確信していました。カメラのキタムラさんでも同じコメントされていますね(参照↓)。http://www.kitamura.jp/photo/express/2007/ex456.html

無塗装でアルミの地肌むき出しのデザインもクールで美しい。「ただミノックス並みの極小画面なのにシャッター速度とピントが固定である事と電池交換すら出来ないというユーザーをバカにした仕様が悪いんだ。」と、オートフォーカスとまではいかなくてもせめてゾーンフォーカスにしてシャッターも1/30~1/500秒程度のプログラムシャッターにしていれば(大きさ的に難しかったか?)もう少しマトモな画質になったと思うのですが(ちなみにコニカでは近距離では自動的にクローズアップレンズが挿入される2点オートフォーカスのディスクカメラ「コニカメモローゼ」が一応試作はされている)。

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ただ、今や完全に忘れ去られている事実ですが、たった一つ(注釈:広角レンズをテレフォト化してカメラを薄型化した業績:http://masupi.com/phase15.htm参照はコダックディスクカメラの3年前にオリンパスXAがすでにやっている)、ディスクカメラから21世紀にまで受け継がれた大発明があります。それがこれ!「自撮り棒」!!

これ、ミノルタが自社のディスクカメラ「クレージュ」用に用意したアクセサリーだったんですよ!!ミノルタ亡き後、この時撮り棒だけは世界中の写真ファンに愛されています。ミノルタさん、特許更新しておけば今でも写真産業に踏みとどまれたかもしれない。

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関係ないけど、帰り道で月と金星がきれいだったので愛用のカシオEXILIMで「手持ち」でパチリ。ディスクカメラから35年後の現在、ディスクカメラよりも小さなデジカメで、手持ちでも星が写せてしまいます。

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まったり放鳥を楽しむモモちゃん。フィルムカメラの時代だったら一眼レフが必要なこんな写真も、デジカメだったらコンパクト機でも十分です。

2018年4月12日 (木)

実は凄かった日本の宇宙開発

世界宇宙飛行の日なので何が何でも今夜じゅうに書き留めなければいけない事。急いで書きます。

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私の宇宙SF元年。1978年でも紹介した1978年の毎日グラフ別冊「宇宙と語ろう」。

1978年の宇宙本、第2報で私が小学1年生の頃に感じた屈辱「自分の国の衛星すら自国で打ち上げられないなんて」ですが、今改めてこのグラフ誌を読み返してみたら、まったく同じこと書いていました(w)。

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(1978年当時の)「日本のロケットはパワー不足」とはっきり断じてます。

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当時の日本のロケット、ミュー3S(固体燃料)とN1(液体燃料)では重量300kgの衛星を静止軌道に乗せるだけの推力が無いのでアメリカに打ち上げてもらった。その打ち上げ費用は1回当たり50億円。

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1978年当時開発中の次世代ロケットN2ならば300kgの静止気象衛星を打ち上げられる。1981年打ち上げ予定の次期気象衛星2号(ひまわり2号)は国産ロケットで打ち上げる予定。とはっきり書いています。更に昭和60年(1985年)以降の主力ロケットH1についての説明もあります。言うまでも無くN2ロケットは静止軌道への目標打ち上げ能力350kgの目標を達成し、期日通り1981年にひまわり2号の打ち上げ成功しています(すぐ故障しちゃったけど)。H1ロケットは目標の2年遅れで1986年に打ち上げ成功しました。

また、この当時は固体燃料ロケットは東大宇宙研(ISAS)、液体燃料ロケットは宇宙開発事業団(NASDA)主体で設計されていましたが、ブラックボックスだらけの米国デルタロケットの技術提供ではNASDAだけでは純国産化は難しいとの判断からISASもNASDAのN2ロケット開発に参画するという内容が書かれています。後にISASとNASDAが合併して現在のJAXAが生まれる伏線がすでに40年前に見られています。これ見ても、決して東大宇宙研(ISAS)とNASDAは敵対関係ではなく、同じ目標のために協力し合う関係だったことがわかります(ここでも同じ事書いています↓)。」

http://www.sf-fantasy.com/magazine/serials/develop/05.html

40年も前に、具体的で、実現可能な未来の展望を描いていた東大宇宙研&NASDAには驚くべきです。米NASAのような「月に住む!」「火星に行く!」「スペースコロニーだ!」と大風呂敷広げては放棄を繰り返しているのに比べ、日本は「人間を宇宙に送る」なんて途方も無い夢は言わない一方、絶対実現できるという自信がある計画は見事に実現してきました。実際、日本でもスペースシャトル作ろうという話が1982年頃にあって(当時の「学研の科学」でも特集組まれていたので私も読んでいます)、マスコミが大騒ぎした時、NASDAでは「できもしないことを書くな!」と問題になったようです(詳細↓)。

http://www.sf-fantasy.com/magazine/serials/develop/10.html

まあ、現実的過ぎて夢が無いという向きもありますが、叶いもしない白昼夢よりは実現可能で、予算的にも元が取れる現実の夢を選ぶあたりはやっぱり現実主義者の日本人らしい(w)。まあ私も「夢見る少年」から「男のロマン」よりも「日々の飯を食うための現実」を求める「つまらない中年のおっさん」に成長した訳です(w)。

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ひまわり1号(1977年)打ち上げの映像(右)と国産初の静止衛星(技術試験衛星)きく2号(左)。

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21世紀の現在、アメリカ、ロシアにはかなわないまでも、日本1国でESA(ヨーロッパ宇宙機関)とガチで勝負できるほどのロケット、H2Aとイプシロンを開発するまでに成長したJAXA。
それまでには過去60年間の先人の血と汗と涙があった訳です。ロケット大国日本の現在は運が良かった訳では無く、努力の結果の上の必然だったんですね。

本日は世界宇宙飛行の日

1961年の本日、旧ソ連のユーリ・ガガーリン少佐が人類史上初の地球周回軌道飛行をした日です。まだ私は生まれてませんが、人類史上から見れば「ついこの前の出来事」ですよね。

という訳で、1978年のSFブーム本第三弾です。

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学研のジュニアチャンピオンコースシリーズ「スーパー宇宙探検」。奥付では1979年2月ですので厳密には1978年本じゃないですが、実質1978年のSFブームに便乗した本です。ただ、もう半年待てば「銀河鉄道999」や「機動戦士ガンダム」や「キャプテンフューチャー」が出てくるのでもう少し出版を待って欲しかったような気がする(w)。

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主役はもちろんスターウォーズ(エピソード4)ですが、宇宙空間なのにこんな至近距離での空中戦なんてありえんやろ(汗)。写真的には見事だとは思うけど。

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私の宇宙SF元年。1978年でも書いた「さらば宇宙戦艦ヤマト」。あまりにも悲劇的すぎるエンディングからファンからの非難が殺到し、TV版では「無かった事」にされてしまいました。私もTV版の方がストーリー的に無理がないと思う(w)。

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今や宇宙SF映画の金字塔で文部省が唯一児童向けSF映画として承認した(w)「2001年宇宙の旅」。何で、10年も前の映画を今紹介するのかと言うと、映画配給会社のトラブルで、封切り後、2番館に降りること無く再上映が10年間無かったからだそうです。10年ぶりの上映に当時のSFファンが歓喜したとか。当然1978年当時、レンタルビデオなんて物は存在しません(w)。

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これは今も定番ですね「スタートレック」。当時、スペースシャトル試作機の名前を米国独立200周年にちなんで「コンスティテューション号(だったけかな?)」と命名しようとしたのをトレッキーファンが「スタートレックのエンタープライズ(冒険)号にして欲しい!」と熱烈な要請があって、命名式にはスタートレックの脚本家のジーン・ロッテンベリー氏が招かれる程の白熱した事態なったと聞いた。当時の私は幼稚園児だったけど、テレビでも幼稚園児向けの雑誌「キンダーブック」でも異常なほど興奮していたのを覚えている。

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これは東映のTVドラマ「銀河大戦・宇宙からのメッセージ」。当時夢中で見てましたが、今やまったくストーリー覚えていない(w)。新谷かおる氏がコミカライズ版描いていましたね。

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「惑星大戦争」(東映)より。宇宙戦艦「轟天(ごうてん)号」。「究極超人あーる」の元ネタですね。なぜかドイツで大ヒットしたらしい・・・・謎だ!

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で、今話題沸騰中の映画やTVドラマで小学生の興味を煽ったあとから、何十年も昔の古典的SF小説に話を引っ張っていくあたりが憎い!。「レンズマン」も「キャプテンフューチャー」もアニメ化されましたが、正直あまりウケませんでしたね(汗)。

「宇宙の戦士」はポール・バーホーベン監督の手で映画化されたのはご存知の通り。映画化名「スターシップ・トゥルーパーズ」。

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ウケなかった理由はもうハッキリしてます。「何でパワードスーツが出てこないんじゃ~~!?」これもガンダムのモビルスーツの元ネタになりました。超時空騎団サザンクロス(参照→ https://www.youtube.com/watch?v=5jueD9E6rIk)が大マジメに等身大のパワードスーツを使って大コケしたのを見るとガンダムが巨大ロボット物を選んだのは大正解だったと思います。

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他にも登場作品を明らかにしていないメカが数々。「セレーネ号」はアーサーCクラークの「渇きの海」の遊覧船ですよね。私が読んだのは25年も後ですが(ダメすぎる!)。「飛行艇」はエドガー・ライズ・バロウズの「火星のプリンセス(映画化名ジョン・カーター)」ですね。これなんか読んだの30年後だ(どうしようもないな、自分!)。

まあ、遅咲き過ぎるのは百も承知ながら、映画やTVドラマ以外にもSFが存在することを教えてくれた大切なバイブルです。今、アマゾンで調べてみたら美本だったら4.500円以上の値段がついていました。まあ私の手元にある本は散々読み散らした結果ボロボロなので売り物にはなりませんが(売る気も無いし)、百科辞典や文学全集が捨て賃を払わないと引き取ってくれない一方、両親はゴミだと見下していた児童本や趣味のHowTo本や専門書が古本屋さんでは高値で引き取ってくれるという事実をどう思うんでしょうか?私は古本屋さんや古道具屋さん巡りは趣味なので、何が売れて何が売れないかは、それなりに理解してます。それなのに、実家の母、「文学全集はものすっごい価値があるんだから高値で売れるはずだ!」とか言うんで、現実を教えてやるのに苦労しましたわ。

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吉川英治全集って当時25万部も売れた超ベストセラーなんだよ?希少価値なんてあるわけ無いじゃん!しかも吉川英治の著作権は2013年に切れていてパブリックドメインになっているから「新平家物語」なんか全巻そろってインターネットで99円で読めるんだよ?(参照↓)。

http://munemori-taiga-project.hatenadiary.jp/entry/2016/02/28/013721
「インターネットでタダで読める小説を、こんなかさばって場所を食う文学全集でどうしても欲しいなんて吉川英治ファンが今の日本に何百人いると思う?確かに、どうしても全集が欲しいという熱狂的なファンも何百人かはいるだろうけど、そういう人の手にはとっくに行き渡っているはずだ。25万部も刷られたんだから!!どうしても紙に印刷された本で吉川英治を読みたいという人でも今だったらポケットに入る文庫本で買うに決まっているでしょ?」と涙と汗水流して説得したらやっと諦めてくれました母(汗)。

「まあ、資源ゴミの日に数冊ずつ捨てるのが一番だけど、そこまでして慌てて捨てることも無いでしょ?売り物にはならなくても亡き父の思い出が詰まった宝物だったんだから、家を取り壊すまで一緒にいたら?」と助言しました。私だって本を愛する人の気持ちは良くわかりますから。

2018年4月 8日 (日)

1978年の宇宙本、第2報

私の宇宙SF元年。1978年に続く宇宙本の第2報です。

「全記録宇宙開発ー限りなき人類の夢と希望/米ソ・世界の宇宙開発」(国際情報社)

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米ソ宇宙開発が内容の根幹にありますが、実際には私の宇宙SF元年。1978年でも書いた「船の科学館」の「宇宙博覧会」のタイアップ本です。この国際情報社はこういう「博覧会本」を良く出版していたようで、驚くほどデザインが似ている1970年の大阪万博本とか1975年の沖縄海洋博本もネットで調べたらゴロゴロ出てきますね。

実際最初に見開きページに宇宙博の会場が出てくる。

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うわぁ~!40年前はまだ空き地だらけだったんですねぇ~有明!現在の過密ぶりが信じられないほどのどかです。

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著者はやっぱり航空評論家でドイツカメラコレクターの佐貫亦男氏。日本人でアポロ計画を語らせたらこの方の右に出る人はいません(参照↓)

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↑これも実家にあった平凡社の「国民百科辞典」

(いやぁ、百科辞典と文学全集は本当にどこの古本屋さんも引き取ってくれませんわ・・・)

佐貫氏は小学生の頃からファンです。陸軍の97式戦闘機のプロペラを設計された方です。

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この本、なぜか通っていた小学校の図書室に2冊も置いてあった。さすが自分が設計に携わっただけに97式戦闘機を一番上に描いています(w)。

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中島97式戦闘機(あゝ零戦/古城武司著/立風書房)

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開会式の写真。リオのサンバで盛り上がっています。

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アポロ・ソユーズ共同計画やスカイラブ計画で使用されたサターン1Bロケット(左)と日本の当時の最新型ロケットN1(右)。実は私、小学1年生の時に両親に連れられて実際にここに来ています。「こんなでっかいロケットを10年も昔に作った国と戦争して勝てる訳ないじゃん!」と幼少期ながら強烈に日米の国力の差を痛感しました。

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当時の日本は、国産初の液体燃料ロケット(といっても米国製デルタロケットのライセンス生産だが)「N1ロケット」がようやく日本初の静止衛星「きく2号」を打ち上げたところでした。サターン1Bを見た後では、ただただ小さい。得意満面なコンパニオンのお姉さんの笑顔がなんとも...ウィキペディアのN1ロケットの項https://ja.wikipedia.org/wiki/N-I%E3%83%AD%E3%82%B1%E3%83%83%E3%83%88でも写真は載っていないので、貴重な映像資料ですよ!これは。

なおこのロケットは会期終了後、大阪のなんばCITYに寄贈されて2007年までは現存していました(詳細↓)。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%AA%E3%82%93%E3%81%B0CITY

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むしろ、日本独自分野として気を吐いたのは固体燃料ロケットの分野です。8年後、日本は固体燃料ロケットで惑星探査機(すいせい、さきがけ)を打ち上げるという前人未到の快挙を成し遂げます。これは1970年に日本初(世界的にもソ連、米国、フランスにつぎ4番目)の人工衛星おおすみを打ち上げたラムダ4S-5ロケット。こちらは会期終了後は上野の国立科学博物館に寄贈され、今も屋外に展示されています。20年後に久々に再会しました。

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今や伝説となった東大宇宙研の糸川博士のペンシルロケット(左ページ)。日本のロケット開発はここから始まった!今となっては私はその偉業を理解していますが(参照↓映像の中にも国立科学博物館前のラムダロケットが登場します)

https://www.youtube.com/watch?v=97rASB8rNgY

、小学1年生の目には、ただただ惨めで情けなかったのを覚えています。「夏休みの工作か?」みたいな(w)。13年前にJAXA主導で行われたペンシルロケット再現実験の映像https://www.youtube.com/watch?v=idiETYNK8co 12歳の春名美咲ちゃんがかわいい・・・じゃなくて、かなり本格的で、幼少期の自分の偏見が恥かしいです。このペンシルロケットに使われた燃料は米国軍のバズーカ砲用に製造されたダブルベース火薬で当時1本5千円したそうです。今の物価では10万円くらいになるのかな。一発発射するだけでも大出費な訳で決して子供の玩具じゃないです(この本の中で佐貫氏は糸川先生がタダで火薬メーカーから貰ってきたみたいなこと書いてますが、本当かな?)。

この当時は自前の気象衛星すら自国で打ち上げられなくて(N1ロケットの推力では足りなかった)気象衛星ひまわり1号はNASAに打ち上げてもらっていました(左ページ上から2番目の写真がひまわり打ち上げの映像)。子供心に「自分の国の衛星すら自国で打ち上げられないなんて」と情けなかったです。当時の宇宙開発事業団NASDA(今のJAXA)も同じ思いだったようで、ひまわり2号以降は国産ロケットで打ち上げています。ちなみに「ひまわり」以前は米国の気象衛星NOAAの映像をお金を払って買っていました。現在では「ひまわり8号」の映像をロシア、モンゴル、ASEAN諸国からオーストラリアまでが利用しています(参照↓)

http://www.jma-net.go.jp/sat/himawari/nmhs.html

。「ひまわり8号」のライブ映像が見たい方はぜひここを参照↓。

https://himawari8.nict.go.jp/

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当時小学1年生だったんですが、けっこう鮮明に展示品覚えているんですよね~。あ~、あったあった!こんな展示。当時の雰囲気がビンビンと記憶に蘇ってきます。

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一番凄かったのがこの「アポロ館」の展示。なんと実物大の月着陸船がワイヤーに吊るされ天井から降りてくるんですよ!中にいた宇宙飛行士役の役者さん、怖かっただろうなぁ。

これも鮮明に覚えていますねぇ。

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この本にもやっぱり出てきたスペースコロニー。翌年のガンダムに繋がっていきます。

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当時、ソ連というと「秘密主義で大事なことを何も教えてくれず、影でいつも悪巧みしている国」「放って置くとなにをやらかすかわからない国」「ものすごく先進技術を持っているけど、それをロクな事に使わないマッドサイエンティストが大勢入る国」っていうイメージでした(ここでも同じこと言ってます↓)。

https://www.youtube.com/watch?v=3YYLZNqOEPI

アポロ・ソユーズ計画以降、その秘密主義も少しは改善したようで、当時の最新映像とかも乗っています。これはソ連の宇宙ステーション「サリュート」小学生時代は科学雑誌に乗っていたサリュートの最新情報にドキドキしたものです。1986年のハレー彗星共同探査は、米ソESA日本の垣根を越えた国際共同探査のブレイクスルーになったと思います。

結構今見ても貴重な映像資料だと思うのでこの本は大切に取っておきます。保存状態も良いので売ったら結構良い値段つくと思いますが。

2018年4月 1日 (日)

私の宇宙SF元年。1978年

実家の父の遺品整理をしていて、割ときれいな本は職場に寄贈したり私が保存しています。

さて、今回のテーマは「宇宙」!なぜか、1978年ごろに宇宙SFの大ブームがあり、同じような本が大量に物置から出てきました↓。

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1978年と言うと私が小学校に入学した年ですが、当時の私もテレビアニメやドラマや映画が宇宙SFてんこもりだったのを夢中で見ていた覚えがあります。1978年のSFアニメ、映画といえば「未来少年コナン」「スターウォーズ(エピソード4)」「未知との遭遇」「さらば宇宙戦艦ヤマト」「キャプテンハーロック」とそうそうたる顔ぶれで、映画「2001年宇宙の旅」も10年ぶりにリバイバル上映されてまるで新作のように受け入れられました。この宇宙SFブームは翌年の「銀河鉄道999」と「機動戦士ガンダム」でピークになった覚えがあります。当時は松本零士さんブームでしたね。実際中央のムックは表紙が松本零士さん画で、中身も零士さんマンセー本になっています。

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40年も前の本なのに、未だに宇宙戦艦ヤマトもガッチャマンもリメイク作品が作られ続けているという所に、当時のこれらの作品の完成度の高さが伺えますよね。

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まさか当時はスターウォーズがこんな40年にも渡る一大叙事詩になるとは思わなかった。キャリー・フィッシャーさん亡くなりましたね。ルークやハン・ソロがおじいちゃんになっても未だに出演しているのもすごいけど。

何で当時こんなに宇宙SFがブームになったかというと、1978年に東京「船の科学館」https://funenokagakukan.or.jp/で開かれた「宇宙博」の影響だったと思う。あまりの超人気に1979年にまで会期が延長されました。

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SFだけではない現実の宇宙開発の記事に目を向けると、宇宙開発の速度って、亀のように遅いんだなぁと実感。1978年の時点ですでにハッブル宇宙望遠鏡http://spaceinfo.jaxa.jp/ja/hubble_space_telescope.htmlの構想図が載ってます(当時はまだハッブルという名前はついていない)。
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野尻抱介さんの「ロケットガール」でも描かれているように、いまじゃあ使い捨てロケットの方が安全で安上がりという事になっていますが、この当時のスペースシャトルへの期待はハンパなもんじゃなく、打ち上げられる前からプラモデルが発売されていました。

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史実を知っている身としては読むのが辛い記事も・・・・日系人初の宇宙飛行士誕生!このエリソン・オニヅカ氏は1986年のチャレンジャー号事故で殉職されました。黙祷。

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「夢のようなNASAの未来計画」はい、ガンダム世界の根幹となる「スペースコロニー」です。スペースコロニーというガジェットが知れ渡るようになったのもこの「宇宙博」がきっかけでしょう。これが翌年の「ガンダム」につながるわけです。ウィキペディアにも書いていた「ガンダムのスタッフが1978年、三省堂で買った本に載っていたスペースコロニーを参考にした」というのはきっとこの本の事ではないでしょうか?時期的にも一致する。一方の松本零士作品では不思議とスペースコロニーって出てこない。ヤマトにも出てこないし銀河鉄道999ではスペースコロニー計画は過去に有ったけど住民全員が死亡してしまい計画は放棄されたというせっていになっていた。このあたり富野さんと松本さんのスペースコロニーに対する考えの違いが伺えて面白いです。

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まだアポロ計画の興奮冷めやらぬ時期だったので生々しい写真がいっぱい。「アポロ計画は捏造だった!」なんて本気で信じている人はぜひこの写真見てください。

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子供の頃大好きだった「SF小説に登場する宇宙生物」この頃は「ウルトラマン」や「ヤマト」の影響で、すでに地球には宇宙人が来て住んでいると思ってました(w)。今改めて読んだら筆者は「バビロニアウェーブ」の堀晃さんでした。

http://www.sf-homepage.com/

まだ作家デビュー前なので「SF評論家」という肩書きです。
私が実際にこの記事で紹介されたSF小説を手に取るのは20年も後の事です(ダメじゃん!)。クァールは元ネタの「宇宙船ビーグル号の冒険(A・E・ヴァン・ボクト著)」よりもアニメの「ダーティペア」http://www.sunrise-inc.co.jp/work/detail.php?cid=102の方が日本では有名になっちゃいましたね。

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アイザック・アシモフの短編に出てくる珪素系生物「シリコニー」これなんかは現在のシリコンチップの出現を半世紀前に予言していたと思えます。

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ソラリスの海。これ旧ソ連とハリウッドで2回映画化されていますがソ連版の方が原作に忠実です。これも大人になってから読みましたが面白かった。

しかし、現実の宇宙開発もそうだけどフィクションの世界のSFアニメやSF小説がこの本から40年たっても未だにスタンダードが変わってない(つまりこれ以上の作品が生まれていない)というのは情けなくないかな?
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この当時、火星に着陸したばかりのバイキングの映像。
すでに「次の計画では車輪が有って自走できる探査機になる」事が書かれています。実際にはバイキングの探査結果「火星には生命はいそうもない」ということになり、議会から予算が下りなくなったため永らく火星探査氷河期が訪れるんですが。

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前年に打ち上げられたボイジャー2号の映像。「天王星まで行く!」というフレーズに子供心に興奮しました。実際には海王星まで行きましたけど。当時天王星や海王星の映像なんて、パロマー山の巨大望遠鏡をもってしてもただの光の点にしか見えなかったですから。「ボイジャーが天王星につくのは僕が中学生の頃かぁ~宇宙って広いなぁ~」と途方にくれたもんです。
とりあえず、お見せしたい映像があまりにもたくさん有るので本日はここまで。

2018年3月11日 (日)

幸せの青い鳥

実家の父の遺品整理で出てきた懐かしい絵本。こんなのまで捨てずに取っていたんですね。父。

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これ、よく覚えています。幼稚園の運動会で景品に貰ったものです。幼児の頃お気に入りの本でした。

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登場人物のチルチルミチル兄妹を見てもわかるようにメーテルリンクの「青い鳥」です。でもなぜか原作者名はクレジットされてません(その理由は最後まで読めばわかります)。

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子供の頃は「チルチルとミチルは夢の中であちこち冒険ができて楽しそうだな』程度にしか考えていませんでしたが、大人になって再読したら結構ぞっとする内容でした。冒頭でチルチルミチルは亡くなった祖父祖母と再会します。

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そして最後にはこれから生まれる予定の赤ちゃんの国に来ます。この絵本ではハブられていたけど、ここでチルチルミチルはこれから生まれる予定の自分の弟に会うんです。しかもその弟は生まれてすぐ猩紅熱で死んでしまうことも事前に決まっていました。

で、オチは夢オチ。今までの冒険は全部夢の中の出来事だったとさ。そして、実は幸せの青い鳥はすぐそばにいたという。

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ここまで読めばわかるでしょう。チルチルミチルは眠っている間魂だけ幽体離脱して「死後の世界」を旅していたんじゃないでしょうか?そうでないとチルチルとミチルが同じ夢を見ていた説明がつかない。

そう思ってネットをググったらドンピシャでした。ダンテの「神曲」か!?ためしに「青い鳥、死後の世界」でググって下さい。いくらでも解説が出てきます。

これ、本当に童話なのか?さすがノーベル文学賞受賞作家だけありますメーテルリンク!

なお、この本の4年後に「メーテルリンクの青い鳥チルチルミチルの冒険旅行」という超長い題名でアニメ化されており、これも幼少期好きな番組でした。現時点で国産アニメ最長の題名だそうです(w)。(参照:https://www.youtube.com/watch?v=WyabRlO12A4)お~今見たら「宇宙戦艦ヤマト」と同じプロデューサーだったのか。キャラデザも松本零士さんだし。

ちなみに原作者名がクレジットされていない理由。話の筋にまったく関係なく、いきなりこんなページになります。つまり「著作権」の問題ですね。なおメーテルリンクの著書は2019年にパブリックドメイン(著作権切れ)になります。

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わっはっは~「飛び出す絵本」子供、好きですよね。なんでいきなりクルマが出てくるの?

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ブルーバード=青い鳥だけどさぁ.....

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はい、巻末を見れば一目瞭然。これ、絵本に偽装した日産のパンフレットだったんです!!タイプ的には810ブルーバード(1976年発売)になるのかな?510が1970年発売だから、いや~この頃の日本車のモデルチェンジサイクルの速さは今のデジカメ並ですね。それだけ排ガス対策が忙しかったんですね。

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なので「価格表示」も「奥付」もありません。無料で配られたようです。無料の割には立派な製本だな。こんなガキのうちから子供の洗脳教育をしていたんですね。「オトナになったら日産のクルマを買いましょうね!」って(w)。恐るべし、日産自動車。

済みません、私オトナになっても日産のクルマ買ったことありません。今はベンツ乗ってます。

見ての通り、わりと保存状態が良く落丁も無いので職場に寄付して来ました。絵本大好きなおばあちゃんがいたく気に入り毎日読んで下さってます。

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幸せの黒い鳥.....青くなくても幸せは運んでくれるんです。

2017年10月26日 (木)

憧れのドリームカー

自転車こいで7時前に早朝出勤中に、幻の名車を見た。

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マツダコスモスポーツL10B。日本初。世界的にもNSUプリンツロータリースパイダーに続いて世界で二番目のロータリーエンジン車です。これ、NHKの「プロジェクトX」でも2週にかけて放送されました↓。

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このお店で大学生の頃にコスモスポーツ見たことあります。どうも札幌市内で同一個体のコスモスポーツが次々とオーナーの元を渡り歩いて同じ店にたどり着いているような気がしないでもない(w)。

私が生まれた前後の子供図鑑や子供向けの読み物では「未来の自動車」としてさかんに取り上げられていましたね。ロータリーエンジンの現状を見ると寂しいことこの上ない。とはいえ、「じゃあ自分はロータリーエンジンの車所有する自信はあるのか?」と言われると、無いです(きっぱり!)。やはりレシプロエンジンに比べてメンテナンスの頻度が多すぎるのか難点。自分で整備士の資格を持っている人じゃないと扱いきれないと思います。

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↑遠くから見ると原型を保っていますが、近づいてみるとかなり腐り始めています。まあ45年以上昔の車ですから、車庫保存でも未レストアだったら十分上物だと思います。

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子供の頃は「このクルマ、どっちが前で後ろなんだ?何だか中途半端なデザインだなぁ?」と思ったけど、「プロジェクトX」を見て納得。イメージデザインの時点ではオープンカーとしてデザインしたのを安全性や居住性のため屋根を固定したクーペに変更したのでオープンカーにハードトップを被せた様な中途半端なデザインになったんですね。

「こち亀」の秋本治氏の憧れの車ですが、社会人になってからようやく手に入れたら「バッテリー上がりっぱなし。突如道の真ん中でストップ。とても駄々っ子では済まず1年間で手放してしまった。」ととっても残念な結果に・・・それ、オルタネーターの故障じゃないですか?私も三菱FTOで同じ故障経験しましたけど修理代5万円で治しましたよ。

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札幌市内も、紅葉まっさかりですね。そろそろめるちゃんのタイヤもスタッドレスに交換しないと。

2017年9月 7日 (木)

これって、広島長崎の原爆を運んだ鑑を沈めた潜水艦じゃあ!?

本日のニュースで、五島列島海底で伊58潜水艦が海底に突き刺さった状態で発見されたと!

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https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170907-00000000-maiph-soci.view-000

これ、広島・長崎の原爆を運んだ巡洋艦インディアナポリスを帰り道で撃沈した潜水艦ですよね。詳細はコレ↓ワタシの愛読書です。西暦2000年に橋本以行艦長の訃報を聞いたときはちょっと泣きました。私がこの本を買ったのは橋本氏の訃報の4年前。

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インディアナポリスの名前は映画「ジョーズ」でオルカ号の雇われ船長が「俺は戦争中インディアナポリス号に乗っていたんだ!」「あの艦に乗っていたのか!?よく助かったな(2010年のフロイド博士ことロイ・シャイダー市長)」という会話でもわかるとおり、日本人の戦艦大和撃沈に匹敵するほどアメリカ人にトラウマを与えた大事件だったようです。「もう日本軍に反撃する能力など無い」と見くびって護衛も付かせず単艦で帰還させたのは司令部の過失なのに、艦長一人に全責任を背負わせ、インディアナポリス号のマクベイ艦長は軍法会議で有罪になり遺族に責め立てられピストル自殺しました。

伊58潜水艦の橋本以行艦長は証人喚問で「あれだけ優位な状況での魚雷発射ではどんなにジグザク航法を取っていても絶対に逃げられなかった。マクベイ艦長に責任は無い!」と軍法会議では一生懸命かばってたんですが、むしろ「敵に同情されていている」と思われてしまったらしいです。

橋本艦長は戦後、川崎造船に就職して戦後に国産潜水艦のノウハウを後輩に伝授すべく奔走し、退職後は神主になって「原爆を運んでいる最中に撃沈していれば広島・長崎の惨状は無かった。」と自分を責めていたそうです。いえ、橋本艦長には罪は無いです。そもそも原爆を運んでいる間は護衛が厳しくて潜水艦は近寄れなかったでしょう。

橋本艦長も、マクベイ艦長も海軍兵学校、アナポリスを卒業したエリートです。どちらも戦争が無い時に出張や留学で会えばすぐお友達になれたでしょう。戦争という狂気が善良で愛国者で勤勉な国民を殺人に駆り出たされ、善良な人間同士が殺しあう。もうこんな悲劇は二度と起きて欲しくない。それなのに、歴史から何も学ばず一人の独裁者が自分一人だけが助かりたいがために国民全員を矢面に立たせているどっかの国の将軍様に聞かせてやりたい。昭和天皇はマッカーサーの前で「自分の身はどうなっても良いいから日本国民は助けてくれ。」と懇願なされたんだぞ!?

2017年8月28日 (月)

大阪万博の頃の21世紀の予言

わたしは自他共に認めるあまり裕福でない家庭でしたが、両親は子供が読みたがる本(マンガ以外)はいくらでも買ってくれました。ですのでわたしは「俺は貧乏だったんで勉強ができなかった」なんて恥かしい言い訳は絶対できません。勉強する時間と場所と教材はわたしの頭と体力では入りきらないほど与えてくれました。その点ではわたしはあの父にも感謝しています。もし自分が下手に裕福な家に生まれていたら、過剰な英才教育で地の能力をはるかに超えた塾や私立校に通うのを強制され、授業についていけなくてノイローゼになって引きこもりニートになっていたと思います。逆に、もっと貧乏な家だったら確実に今よりもっとバカだったでしょうし。自分の頭の程度からはちょうど良い程度の、親がインテリでないので比較されないから気が楽な中流家庭に生まれた自分は幸せだったと思っています。金持ちの家に生まれた子弟には金持ちなりの苦労があるんだよ。

わたしが生まれる前に姉のために父が買い与えた学研の「こどもずかん百科」。結局姉はあまり興味を示さなかったんですが、弟のわたしがボロボロになるまで読破しまくりました。

その中で、あの当時はやっていた「未来予測」(映画の2001年宇宙の旅でおなじみ)。子供の頃は鼻で笑っていたんですが、西暦2017年になって改めて見ると驚くほど正確に21世紀を予言しています。1970年当時に予言された21世紀の「未来の勉強部屋」ぜひどうぞ!!(引用:https://ameblo.jp/kokisumi/entry-12211245872.html

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①の個人用天体模型は、一般化はしていませんが立派に市販化しています!(参照:http://madamsteam.com/science/112)むしろ立体模型より、天体の未来位置を計算するソフトの方が発達しましたけど・・。

③のテレビ式でん子けいさんきって完璧にパソコンですよね!!テレビモニターの前にキーボードがあることまで予言されている。しかもテレビモニターも奥行きのあるブラウン管(CRT)じゃなくて薄型の液晶モニターで、おそらく折りたたみ式(ラップトップ)である事までイラストで見て取れます!!(NHKが今なお自慢しているが、液晶の将来性は1968年にNHK特集「世界の企業 現代の錬金術」で放送している。ついでに言うと、今のノートパソコンの基本的概念「ダイナブック(東芝の登録商標じゃないほう)」をアラン・ケイが提唱したのはこの図鑑の二年後の1972年(参照:https://the01.jp/p000966/。)

④小がたえいがそうち。

言うまでも無く、ビデオデッキとホームシアターです。

⑤ひいていくと、がくふのうごくピアノ。

http://www.shimamura.co.jp/sp/dainichi/index.php?itemid=156715

完璧に21世紀の電子ピアノです!!

⑧テープレコーダつきテレビずかん

電子辞書!またはインターネットのウィキペディアです!

さすがに予言した当時のエンジニアですら、未来の性能を予言できなかったであろう苦肉の策から、⑩しんがたでんわき・・・という割には外見が古いですが、IP電話機のことか?何も機能の説明が無いので何が新型か良くわからない(汗)⑪小がたでんきこうさくき・・。CADとCAMか?と正体をぼかした予言や、⑦こたえがちがうとランプのつくペン・・・・さすがにアナログのペンでは実現していません。パソコンとスタイラスではそういうソフトあると思うけど・・・・

⑥すぐにきえるでんきけしゴム・・・・・あ~~、実は一番早く実現したけど、一番普及していない予言かな(w)。そういうのはわたしが小学生の頃からあったけど、単なるアイデア商品で終わってたかな。さして便利でもないし(w)。(参照:http://kakaku.com/stationery/ss_0025_0003/0055/%93d%93%AE/search_itemlist.aspx?ssi_tag4=200012906

②と⑨は1970年当時でもあっただろうから省略(w)。個人的には女の子の後ろにあるジュースとミルクのサーバーが何も解説が無いのが不思議なくらいリアルだと思います。

当時から子供図鑑ってその時代の最先端で活躍してた研究者やエンジニアなど当時最高の頭脳が結集して、子供たちに「将来、自分の研究分野に進んで欲しい!」という熱い情熱をこめて執筆していたんだなぁ~と思います。この本を書いた執筆者はさすがに、もうご存命ではないでしょうが、当時の執筆者のお名前を今更ながら知りたくなりました。大人向けの著書や論文が残っているなら読んでみたいです。

2017年6月 8日 (木)

濃ゆい写真部漫画2

今週の「ヤングジャンプ」誌に待望の秋本治氏の写真部マンガ「ファインダー」第2話が掲載されました!。第1話は「濃ゆい写真部漫画(H29年2月2日)参照」

今回も濃ゆいです。多分、マンガ界の「生きた重鎮」である秋本治先生じゃないと、ここまで趣味に徹したマンガは全国誌に載せてもらえないと思う。

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この部長さんかなり萌えます。

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ニコンF4S。持ってます。姉の義父の形見分けで頂きましたが、ペンタックス系の操作に四半世紀慣れている私は、交換レンズの回転方向がKマウントと逆向き(レンズのピントリングの回転方向はペンタと同じなので、慣れの問題だと思うが)なのがどうしても馴染めず、父にあげてしまいましたが、その父も一昨年に2度目の脳出血で寝たきりになり、結局私の手元に戻ってきてしまいました。う~~む、どうやら運命付けられているらしい...

ただ、F4Sにこのレンズの組み合わせだと、シャッター優先AEかプログラムAEでないと使えないぞ?ナノコートレンズ、私の給料じゃ買えません(涙)。

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あれ?部長、前回(濃ゆい写真部漫画参照)じゃあ、電池がないと動かない(1/60だけは動く)絞り優先AEのライカM7使っていましたよね(笑)。いや、別に否定しないけど。私も氷点下25度の釧路でタンチョウの写真とっていて、完全機械式のカメラより、電気式カメラの方がシャッターの精度高いことは心底思い知っていますから。確かに電池の寿命は寒冷地では短いけど、電池寿命が持っている限りは機械式シャッターよりは絶対に露出は正確で、要するに交換電池を沢山持っているか外部電源を用意すればいいだけの話。機械式シャッターは寒冷地に強いなんて本気で信じている人は、寒冷地に行ったことが無い人だと思う。故赤瀬川源平氏も同じこと言っていた。

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一回の撮影に交換レンズ20本...あり得るか...異なるレンズマウントのシステム一緒に持ち歩いたら。クルマで移動するなら、重さは大して障害にならないのでフィルム一眼レフ、デジタル一眼レフ、レンジファインダーと、異なるマウントのシステムカメラ一式持ち歩けば、きっと私も交換レンズ20本くらいになるかも...しんない(笑)。レンズ10本くらいなら余裕でいくしそういう時はボディも4台は軽くいくし(それもどうかと思うが)。

例えば超望遠でも、足場がしっかりしないので三脚を立てられない泥沼とか、クルマで走っている最中に珍しい野生動物を見つけ三脚をセットする暇が無い緊急事態用に、軽量小型の反射望遠ルビナー500ミリF5.6を屈折系の超望遠と一緒に持ち歩いていますし、実際にそのようなシチュエーションを何度も経験しています。

動物写真は本当に交換レンズの完全武装が求められますから。私も周囲から冷やかされるたびに「弁慶の七つ道具状態ですわ」と笑っています。

部長には回し蹴り食らうけど、フィルムカメラに拘るからこんな交換レンズ地獄に合うわけで、素直にデジカメを認めれば、カメラなんか1台で事足りるんだよな~~。いまどき戦場で機械式カメラに拘る理由も無いだろうし。ノートパソコンと衛星携帯さえあれば、南極大陸でもサハラ砂漠でも瞬時に新聞社に映像を電送できるんですから。ノートパソコンも携帯も使えないようなインフラだったら、そもそも撮影者の飲料水や食料すら危険な状態じゃないですか?

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