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書籍・雑誌

2017年9月 7日 (木)

これって、広島長崎の原爆を運んだ鑑を沈めた潜水艦じゃあ!?

本日のニュースで、五島列島海底で伊58潜水艦が海底に突き刺さった状態で発見されたと!

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https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170907-00000000-maiph-soci.view-000

これ、広島・長崎の原爆を運んだ巡洋艦インディアナポリスを帰り道で撃沈した潜水艦ですよね。詳細はコレ↓ワタシの愛読書です。西暦2000年に橋本以行艦長の訃報を聞いたときはちょっと泣きました。私がこの本を買ったのは橋本氏の訃報の4年前。

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インディアナポリスの名前は映画「ジョーズ」でオルカ号の雇われ船長が「俺は戦争中インディアナポリス号に乗っていたんだ!」「あの艦に乗っていたのか!?よく助かったな(2010年のフロイド博士ことロイ・シャイダー市長)」という会話でもわかるとおり、日本人の戦艦大和撃沈に匹敵するほどアメリカ人にトラウマを与えた大事件だったようです。「もう日本軍に反撃する能力など無い」と見くびって護衛も付かせず単艦で帰還させたのは司令部の過失なのに、艦長一人に全責任を背負わせ、インディアナポリス号のマクベイ艦長は軍法会議で有罪になり遺族に責め立てられピストル自殺しました。

伊58潜水艦の橋本以行艦長は証人喚問で「あれだけ優位な状況での魚雷発射ではどんなにジグザク航法を取っていても絶対に逃げられなかった。マクベイ艦長に責任は無い!」と軍法会議では一生懸命かばってたんですが、むしろ「敵に同情されていている」と思われてしまったらしいです。

橋本艦長は戦後、川崎造船に就職して戦後に国産潜水艦のノウハウを後輩に伝授すべく奔走し、退職後は神主になって「原爆を運んでいる最中に撃沈していれば広島・長崎の惨状は無かった。」と自分を責めていたそうです。いえ、橋本艦長には罪は無いです。そもそも原爆を運んでいる間は護衛が厳しくて潜水艦は近寄れなかったでしょう。

橋本艦長も、マクベイ艦長も海軍兵学校、アナポリスを卒業したエリートです。どちらも戦争が無い時に出張や留学で会えばすぐお友達になれたでしょう。戦争という狂気が善良で愛国者で勤勉な国民を殺人に駆り出たされ、善良な人間同士が殺しあう。もうこんな悲劇は二度と起きて欲しくない。それなのに、歴史から何も学ばず一人の独裁者が自分一人だけが助かりたいがために国民全員を矢面に立たせているどっかの国の将軍様に聞かせてやりたい。昭和天皇はマッカーサーの前で「自分の身はどうなっても良いいから日本国民は助けてくれ。」と懇願なされたんだぞ!?

2017年8月28日 (月)

大阪万博の頃の21世紀の予言

わたしは自他共に認めるあまり裕福でない家庭でしたが、両親は子供が読みたがる本(マンガ以外)はいくらでも買ってくれました。ですのでわたしは「俺は貧乏だったんで勉強ができなかった」なんて恥かしい言い訳は絶対できません。勉強する時間と場所と教材はわたしの頭と体力では入りきらないほど与えてくれました。その点ではわたしはあの父にも感謝しています。もし自分が下手に裕福な家に生まれていたら、過剰な英才教育で地の能力をはるかに超えた塾や私立校に通うのを強制され、授業についていけなくてノイローゼになって引きこもりニートになっていたと思います。逆に、もっと貧乏な家だったら確実に今よりもっとバカだったでしょうし。自分の頭の程度からはちょうど良い程度の、親がインテリでないので比較されないから気が楽な中流家庭に生まれた自分は幸せだったと思っています。金持ちの家に生まれた子弟には金持ちなりの苦労があるんだよ。

わたしが生まれる前に姉のために父が買い与えた学研の「こどもずかん百科」。結局姉はあまり興味を示さなかったんですが、弟のわたしがボロボロになるまで読破しまくりました。

その中で、あの当時はやっていた「未来予測」(映画の2001年宇宙の旅でおなじみ)。子供の頃は鼻で笑っていたんですが、西暦2017年になって改めて見ると驚くほど正確に21世紀を予言しています。1970年当時に予言された21世紀の「未来の勉強部屋」ぜひどうぞ!!(引用:https://ameblo.jp/kokisumi/entry-12211245872.html

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①の個人用天体模型は、一般化はしていませんが立派に市販化しています!(参照:http://madamsteam.com/science/112)むしろ立体模型より、天体の未来位置を計算するソフトの方が発達しましたけど・・。

③のテレビ式でん子けいさんきって完璧にパソコンですよね!!テレビモニターの前にキーボードがあることまで予言されている。しかもテレビモニターも奥行きのあるブラウン管(CRT)じゃなくて薄型の液晶モニターで、おそらく折りたたみ式(ラップトップ)である事までイラストで見て取れます!!(NHKが今なお自慢しているが、液晶の将来性は1968年にNHK特集「世界の企業 現代の錬金術」で放送している。ついでに言うと、今のノートパソコンの基本的概念「ダイナブック(東芝の登録商標じゃないほう)」をアラン・ケイが提唱したのはこの図鑑の二年後の1972年(参照:https://the01.jp/p000966/。)

④小がたえいがそうち。

言うまでも無く、ビデオデッキとホームシアターです。

⑤ひいていくと、がくふのうごくピアノ。

http://www.shimamura.co.jp/sp/dainichi/index.php?itemid=156715

完璧に21世紀の電子ピアノです!!

⑧テープレコーダつきテレビずかん

電子辞書!またはインターネットのウィキペディアです!

さすがに予言した当時のエンジニアですら、未来の性能を予言できなかったであろう苦肉の策から、⑩しんがたでんわき・・・という割には外見が古いですが、IP電話機のことか?何も機能の説明が無いので何が新型か良くわからない(汗)⑪小がたでんきこうさくき・・。CADとCAMか?と正体をぼかした予言や、⑦こたえがちがうとランプのつくペン・・・・さすがにアナログのペンでは実現していません。パソコンとスタイラスではそういうソフトあると思うけど・・・・

⑥すぐにきえるでんきけしゴム・・・・・あ~~、実は一番早く実現したけど、一番普及していない予言かな(w)。そういうのはわたしが小学生の頃からあったけど、単なるアイデア商品で終わってたかな。さして便利でもないし(w)。(参照:http://kakaku.com/stationery/ss_0025_0003/0055/%93d%93%AE/search_itemlist.aspx?ssi_tag4=200012906

②と⑨は1970年当時でもあっただろうから省略(w)。個人的には女の子の後ろにあるジュースとミルクのサーバーが何も解説が無いのが不思議なくらいリアルだと思います。

当時から子供図鑑ってその時代の最先端で活躍してた研究者やエンジニアなど当時最高の頭脳が結集して、子供たちに「将来、自分の研究分野に進んで欲しい!」という熱い情熱をこめて執筆していたんだなぁ~と思います。この本を書いた執筆者はさすがに、もうご存命ではないでしょうが、当時の執筆者のお名前を今更ながら知りたくなりました。大人向けの著書や論文が残っているなら読んでみたいです。

2017年6月 8日 (木)

濃ゆい写真部漫画2

今週の「ヤングジャンプ」誌に待望の秋本治氏の写真部マンガ「ファインダー」第2話が掲載されました!。第1話は「濃ゆい写真部漫画(H29年2月2日)参照」

今回も濃ゆいです。多分、マンガ界の「生きた重鎮」である秋本治先生じゃないと、ここまで趣味に徹したマンガは全国誌に載せてもらえないと思う。

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この部長さんかなり萌えます。

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ニコンF4S。持ってます。姉の義父の形見分けで頂きましたが、ペンタックス系の操作に四半世紀慣れている私は、交換レンズの回転方向がKマウントと逆向き(レンズのピントリングの回転方向はペンタと同じなので、慣れの問題だと思うが)なのがどうしても馴染めず、父にあげてしまいましたが、その父も一昨年に2度目の脳出血で寝たきりになり、結局私の手元に戻ってきてしまいました。う~~む、どうやら運命付けられているらしい...

ただ、F4Sにこのレンズの組み合わせだと、シャッター優先AEかプログラムAEでないと使えないぞ?ナノコートレンズ、私の給料じゃ買えません(涙)。

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あれ?部長、前回(濃ゆい写真部漫画参照)じゃあ、電池がないと動かない(1/60だけは動く)絞り優先AEのライカM7使っていましたよね(笑)。いや、別に否定しないけど。私も氷点下25度の釧路でタンチョウの写真とっていて、完全機械式のカメラより、電気式カメラの方がシャッターの精度高いことは心底思い知っていますから。確かに電池の寿命は寒冷地では短いけど、電池寿命が持っている限りは機械式シャッターよりは絶対に露出は正確で、要するに交換電池を沢山持っているか外部電源を用意すればいいだけの話。機械式シャッターは寒冷地に強いなんて本気で信じている人は、寒冷地に行ったことが無い人だと思う。故赤瀬川源平氏も同じこと言っていた。

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一回の撮影に交換レンズ20本...あり得るか...異なるレンズマウントのシステム一緒に持ち歩いたら。クルマで移動するなら、重さは大して障害にならないのでフィルム一眼レフ、デジタル一眼レフ、レンジファインダーと、異なるマウントのシステムカメラ一式持ち歩けば、きっと私も交換レンズ20本くらいになるかも...しんない(笑)。レンズ10本くらいなら余裕でいくしそういう時はボディも4台は軽くいくし(それもどうかと思うが)。

例えば超望遠でも、足場がしっかりしないので三脚を立てられない泥沼とか、クルマで走っている最中に珍しい野生動物を見つけ三脚をセットする暇が無い緊急事態用に、軽量小型の反射望遠ルビナー500ミリF5.6を屈折系の超望遠と一緒に持ち歩いていますし、実際にそのようなシチュエーションを何度も経験しています。

動物写真は本当に交換レンズの完全武装が求められますから。私も周囲から冷やかされるたびに「弁慶の七つ道具状態ですわ」と笑っています。

部長には回し蹴り食らうけど、フィルムカメラに拘るからこんな交換レンズ地獄に合うわけで、素直にデジカメを認めれば、カメラなんか1台で事足りるんだよな~~。いまどき戦場で機械式カメラに拘る理由も無いだろうし。ノートパソコンと衛星携帯さえあれば、南極大陸でもサハラ砂漠でも瞬時に新聞社に映像を電送できるんですから。ノートパソコンも携帯も使えないようなインフラだったら、そもそも撮影者の飲料水や食料すら危険な状態じゃないですか?

2017年5月11日 (木)

ちょっとえっちな写真部マンガがまた出ました!

白泉社の青年コミックス誌「ヤングアニマル嵐」連載中の「ボクだけ知ってる一宮さん」(甘詰留太著)に高校写真部に入部するお話がありました。

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今回の連載分にはえっちぃ描写は控えめですが、元々限りなくエロ漫画家寄りな作者さんですのでなんでもない描写が妙にエロいです(笑)。

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暗室の描写もなかなか正確で、暗室作業やったことがある人じゃないとここまで描き込めないのではないでしょうか?

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↑ニコンFM-2ですかっ!!これ、私が高校生の頃の機種ですよ!当時でも新品で手に入るフルマニュアルの一眼レフは貴重だったので写真学校の生徒の入門機として定番でした。モータードライブMD-14も用意されていたので、上達してからもメイン機として使い続けられる名機です。当時の最高級機ニコンF3でも最高速シャッタ-1/2000秒。シンクロ1/90秒だったので、最高速1/4000秒(ちなみにこの機種が世界初)シンクロ1/250秒のこの機種をむしろメインに使う報道カメラマンも多かったそうです。特にテレビ照明が入っている相撲中継でストロボの高速シンクロが重宝されたとか。ただ、時代が時代だからしょうがないがストロボがTTLダイレクト調光対応じゃなかったのは惜しい!まあキヤノンF-1もTTLダイレクト無かったから当時としては普通だったのかな?

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当の主人公はちっともカメラに興味が無いのに主人公の親類たちがなぜかこぞってカメラマニアで一生懸命後押しするという、なんて恵まれた境遇なんでしょう?主人公!小道具の描写も異様に精密です。ネオパンSS、懐かしい....ただ、GENZOEKIは無いでしょ(涙)。ミクロファインとか、D76とか書いて欲しかった...

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シャッターと絞りの関係もわからないのに意気揚々とカメラを構える少年。うんうん、初めて一眼レフを持ったときってみんなワクワクしますよね。フルマニュアルとは言え露出計付でカメラがちゃんと適正露出を教えてくれる(教えてくれるだけで合わせるのは撮影者がやらなければならないが)んだから、そうそう怖がる心配は無い。

ただ、このカメラは巻き上げレバーを起こしていないとシャッターボタンが落ちないので私は怖くてとうとう入手できませんでした。つまりこのカメラでシャッターチャンスに対応するには、巻き上げレバーが寝ないよう常に親指をレバーとボディの間に挟めていないといけないんです。これを嫌って、連射する必要が無いのにモータードライブMD14を着けっぱなしにしている人も多かったように記憶しています。

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初めて自分専用のカメラを手渡されたらみんなワクワクしますよね。まあこのあたりはお約束ということで...

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そして撮影後のお楽しみは現像。これも初めて自分で現像したフィルムが像を結んでいた時の感動は忘れられません。
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この作者のマンガはどうってことない描写のひとつひとつが妙にエロい。
あとは、どうぞ雑誌をお買い求めください。

2017年2月27日 (月)

明治の北海道観光ガイド

明治時代の北海道が舞台のマンガということで連載当初から注目していた「ゴールデンカムイ」(野田サトル著)小樽札幌旭川と北海道じゅうを縦横無尽に走りまわっていますが、先週号ではついに釧路湿原にまで来ました。

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これ、絶対に釧路湿原ですよね。夏の釧路湿原展望台や風連湖の「道の駅」にいけば運が良ければこういう映像が撮れます(証拠↓)

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↑あんまり古い画像データだからもうCDに焼いて死蔵していたんで再生するの一苦労だ...撮影日時を読むと2007年...もう10年も昔かぁ。撮影場所は秘密とさせていただきます。もちろん立ち入り禁止場所ではないですよ。

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↑作中で、なんと主人公たち、タンチョウを「美味しくない」と知りつつ捕まえて食べています!!

明治時代はまだタンチョウは天然記念物じゃなかったし、野生動物保護なんて観念も無かったですから仕方が無い(汗)。でも作中でもこの当時かなりタンチョウの数が減ってきたことは書かれていますね。札幌で最後に目撃されたのが明治23年と聞きます。一昨年札幌で目撃談があったとwikipediaに書いてあるけど情報ソース知らない。

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この作者の凄いところは「取材力」ですね。司馬遼太郎氏や吉村昭氏のように徹底的に作中の舞台となる場所を「取材して調べる!」ところにリアリティがあります。冒険・歴史・狩猟グルメ・文化etcマンガと自称するだけの事がある。本当に吉村昭氏の明治の北海道を題材にした作品「熊嵐」や「赤い人」に通ずるところがあります。きっと野田サトル氏のことですから吉村昭氏の著作なんてとっくの昔に読破しているでしょう。

面白いけど、グロ&スプラッターな描写が多く再読するのがつらいので単行本には手を出さないでいますが毎週楽しみにしています。

2017年2月 2日 (木)

濃ゆい写真部漫画

「こち亀」連載終了後「描きたかったマンガを描きたい」と宣言していた秋本治先生。今週のヤングジャンプに新連載を始めました。題名「ファインダー」ド直球の写真部マンガです。

秋本先生のカメラ趣味はもうベテランの域なのは周知の事でして「こち亀」でもマニアックな銀塩カメラのうんちく話が忘れた頃に出てくるのでまったく油断がならなかったんですが、やっぱり秋本先生「究極超人あ~る」や「スマイルfor美衣」みたいな写真部マンガ描きたかったんだと思います。

こち亀49巻「両さんのカメラマン入門の巻」で試作機のミノルタエレクトロズームX(1966年フォトキナ)が背景にさりげなく登場しているときには鳥肌が立ちました。(連載当時私は中学生です)秋本先生絶対に「戦後国産カメラ発達史」持っていますね。

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オープニングに出てくるカメラはトプコンREスーパーですね。世界初のTTL開放測光一眼レフ(1964年発売)です。

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↑こち亀でも、このカメラ、何のナレーションも無しにさりげなく何度も登場(初登場は、タバコ屋さんの洋子ちゃんを隠し撮りする高校生の愛機.....だったと思う)しているので、察するに秋本先生、REスーパーの実機をお持ちですね。

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やたらとテンション高い部長さん。確かに、こんなに備品に恵まれていて、傑作写真取れないのは技量不足ですな。つ~か、何でフィルムカメラに固執する?部長!!

さりげなく機材を分析すると、上から順にニコンFフォトミックTN、ローライフレックス(機種名までは勘弁!)。下の段はミノルタSRTのどれか、ニコンF3、フォクトレンダーベッサR3A(これが作中の最新機種ですね)、オリンパスOMフタケタのどれか(多分20か30)ですね。

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↑部長の愛機はライカM7です。んが、このシチュエーションで「手巻き」ですか?せめてライカモーター使わせてください(w)。はい、軟弱者の私はライカM6にモータードライブ着けています。邪道とでもなんでも言ってくれ(w)。

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追記)「こち亀」178巻、「フィルムカメラマンの巻」を添付します。

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両さんがマリアにトプコンREスーパーを貸していますね。すでにこの頃から伏線はあった。

2017年1月27日 (金)

『アサヒカメラ』編集長の怒りと悲しみ

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170126-00010001-bfj-sci

との事ですが、私も、まあ自分自身の「Drマスダの写真レンズ教室」で散々無断引用はしていますが、引用先にちゃんと出展はすべて明記または直リンクしていますので、もし訴訟されても「非営利目的の学術論文では引用元を明記していれば著作権乱用にはならない」と言い逃れする自信はあります。実際、ミノックスクラブ札幌支部初代会長で北海道弁護士協会会長だった故五十嵐先生からもお墨付きのコメントを頂いております(断言)。

じつは私も自分の写真を引用元無記名で無断引用されてます。これ↓

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月刊CAPA2015年1月号を読んでいてぶっ飛んだ西沢学園の広告ページ。
キヤノンの前身である精機光学カンノンカメラの記述があるんですが、掲載されている写真がウチのサイトの無断コピペだっ!!

証拠↓

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http://masupi.com/phase1.htm

CAPA誌の広告写真はモノクロだがわたしのサイトの写真はカラーなので言い逃れはさせません。

これさぁ、私が作ったんですよ。証拠?この画像見てください。そのものズバリ実物が手元にある。

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↑私が作った証拠に今この場で分解して差し上げます(w)。

軍艦部はボディ本体とセパレート式でレリーズボタン(もちろん動きません)の前にあるスローシャッターダイヤル(もちろんダミー)を緩めることではずせます。

作ったの10年以上前ですね。基本はタミヤのプラ板で軍艦部はポリパテで成型。仕上げにラッカー塗装と人工皮革を張っています。
もっとマシな引用文献無かったんかい?粟野幹夫氏の「精機光学キヤノンのすべて」とか書籍いくらでもあるんだろうに。
引用するなら、お歳暮にビール券くらい贈って欲しいものである。

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マウント基部にはLレンズキャップをはめています。
かなり奥行きの深いキャップを選んだのでエルマーを沈胴させることもできます。

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見ての通り中身は空っぽのハリボテです(せめてモックアップと呼べ!)。
カメラ技術的に何も論ずる価値の無い玩具です。
こんなもの広告写真に(しかも無断で)使わないでください~。

これ、2014年12月23日に学研CAPA編集部に苦情のメール送ったんですが、一切謝罪のメールは来ませんでした。当然西沢学園の翌月、翌々月の広告にも一切謝罪はありませんでした。

こんなハリボテを広告写真に使って恥かしくないのか?西沢学園!!




2016年12月11日 (日)

’68年全国産カメラ白書

大学生の頃、表紙も裏表紙も欠損した、古新聞と呼ぶのもおこがましいような状態の本誌を読んで感動した「’68年全国産カメラ白書(毎日新聞社)」をついに入手しました。私は古書が好きで、古本屋めぐりは至高のひとときです。

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50年前の本がよくもここまで綺麗に残っていたもんです。日焼けすらしていないので冷暗所で大切に保存されていたんでしょう。スタッフの名前に、後に学研CAPA誌の副編集長になる豊田芳州氏と馬場信幸氏の名前が!!カメラ毎日は1985年に廃刊になりましたが、当時のスタッフは学研に移籍して創世記のCAPA誌を支えてきたんですね。

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ニコンS3は生産停止後、レンジファインダーのリバイバルを求める声が多くて再販されたという話は知っていましたが、改めて当時の雑誌で紹介されているのを見るとそれが事実だったと再認識させられます。当時の事を知らない現代人が過去の歴史を語るのは容易いことですが、当時のリアルタイムのカメラ論評を読むことで、発売当時のカメラの評価がどうだったかがわかるのが古書の醍醐味です。

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オリンパスペンシリーズも当時の全機種が網羅されています。幻の名機と言われるペンWやペンEMの記事があるのは感動モノです!

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学生時代に読んで一番感動したのがこの記事「未発売新型カメラ」。なぜか記事内で紹介されていませんが、このページのカメラは2年後に発売されるコニカFTAの試作機です。

50年前の本なのにすでに「使い捨てカメラ」や「オートフォーカス」についての記載があります!!「フィルムと提携したカメラの進歩」~カメラがこれ以上進歩するためには、カメラだけではなくフィルム側の前進が絶対に必要だ。現代のカメラでもラチチュードの広い高感度フィルムと広角レンズを組み合わせれば固定焦点で絞り、シャッターが1種類でも屋外なら確実に写る」「アメリカではフィルムごと発売される使い捨てカメラも具現化されようとしている」と未来の「写ルンです」を見事に予言していました。

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更に驚いたのが自動露出とオートフォーカスの予言。

ページ右上のペンタックスメタリカを例に上げ電子シャッターと絞り優先AEの組み合わせを高く評価し「まだ観測気球を上げた段階だが将来の一眼レフがみなこの方向に進むのは、まず間違いない」「カメラの機械的進歩はもう限界に達し、これからはますます電化されていくだろう」とあり、更に終局的な目標としてオートフォーカスを上げています(ページ左側)。

さすがに電子写真(デジカメ)の記載はまったくありませんでしたが(1968年当時のアサヒカメラでフィルムを使わないスチルビデオカメラの予言がありました)、50年前のカメラ技術者が夢見た「未来のカメラ」が50年後の現在に見事に現実として結実している事に感動と感謝の念を抱く次第です。

2016年5月10日 (火)

エゴカー増税

愛鳥週間ですよ。

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とりあえずカメ子に登場願う。いやぁ、やっぱり鳥は可愛いですね。

さてさて、5月と言えば恐怖の自動車税の月!本日ついに来ましたよ!納税通知が!

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↑見ての通りうちのめるちゃんは年代モノなんで問答無用に1割の重課税(いわゆるエゴカー増税)が掛かる。

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元々2.3リッターで4万5千円掛かる上に更に1割の増税ですんで合計5万を超える!わかって乗っているけど、古い車を大事に乗るのがそんなにエゴなのか?めるちゃんより燃費の悪い減税いんちきエコ車はいくらでもあるぞ!!正直、このクルマに2.3リッターはいらんよなぁ。事実現行のR172は標準グレードを1.8リッターに落としている。ついでに過給もスーチャからターボに変えている。1.8リッターだったら税金5千円安くなるから大きいですな。

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おまけに年々増税率も増えているし....

そんなに古い車に乗るのが悪い事なんか!?

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↑ちなみに、本屋さんでディアゴスティニの傑作機シリーズ念願の雷電が出ていたんで衝動買い。なぜか帝国海軍で一番ぱっとしなかった戦闘機であるこいつが子供の頃から大好きでした。撮り方の妙でしょうか。スケールを超えた質感です。さすがダイキャスト製。

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↑雷電ファンなら必帯の渡辺洋二氏の著書と共に。こうやって見ると戦闘機と言うよりエアレーサーみたいなシルエットです。大口径のエンジンを積みつつ空気抵抗を減らすために堀越二郎氏は戦前のエアレーサーを参考にしたんじゃないかな?

とかく失敗作と言われがちな雷電ですが、爆撃機用の大口径エンジンを積むためずんぐりした胴体になった戦闘機だったらF6FヘルキャットもP47サンダーボルト(同じ名前ですね)もあるので、むしろ欧米ではセオリー通りの設計だったのではないでしょうか?

 翼面加重が高いので着陸が難しかったとか旋回性能が悪いとか零戦の旋回性能に慣れたパイロットに不評だったと聞きますが翼面加重の数値は欧米の戦闘機と比べてれば基準値で、実際帝国陸軍のパイロットや鹵獲した連合軍側のテストでは「至って操縦しやすいし乗り心地も良好」と好評価でした。雷電使いで有名な赤松貞明中尉はこの機体でP51マスタングやF6Fヘルキャットを空中戦で撃墜してますしね。この機体の不幸は実戦配備が遅すぎた事にあるんじゃないでしょうか?あと大口径の割にはショボかった火星エンジン(こんなにでかいのに1500馬力)。これは堀越二郎氏もはっきり言っています。

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↑赤松中尉の活躍はこの本に詳しいです。

よく松本零士さんの「ザ・コクピット」や「紺碧の艦隊」シリーズなど架空戦記で「もし日本にマトモな排気タービン(ターボチャージャー)があればB29なんて一撃だったのに...」という話が出てきますが、この雷電はそのターボチャージャーを搭載した数少ない実例(雷電32型)です。

ですが、渡辺洋二氏の著書によると「シリンダーの異常加熱や点火異常のため、出力はさして上がらず燃費が悪くなっただけ」だったそうな。そりゃ、素人の私でも原因がわかる。インタークーラーの冷却能力不足ですな。

今や世界中の名だたるスーパーカーやレーシングカーが日本のIHI製ターボチャージャーを装着しており日本のターボの技術は世界に冠たるものですが、70年前の日本は「アメリカに比べて10年遅れている(渡辺洋二談)状況でした。まともな4発重爆撃機すら作れなかったんですから負けるべくして負けた戦争です。

2016年3月27日 (日)

北海道新幹線開業!!

北海道新幹線が昨日ついに開業したので、何を今更の「プロジェクトX」執念が産んだ新幹線を読む(青函トンネルの話も持っているんだが、実家に置いてきた)。

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初代新幹線0型のデザインした三木忠直氏は戦時中、海軍空技省に勤めていて、「銀河」や「桜花」を設計されている。だから新幹線は航空機のデザインが取り入れられてます。

この作品の4年後に三木氏は亡くなっているので映像にする最後のチャンスだったんですね。「電子立国日本の自叙伝」と共にNHKアーカイブスの双璧だと私は評価しています。

松本零士さんのマンガ&アニメ「音速雷撃隊」は特攻機「桜花」を描いた作品で、作中で主人公に「この飛行機を設計した技術者はつらかったはずだ!」と吐露させてます。https://www.youtube.com/watch?v=F9D6vKRspas

三木氏も作中で桜花に携わったことを終生もだえ苦しんできたことがプロジェクトXで描かれていますね。「自分が設計した乗り物で、今後一切、一人たりとも死者は出さない!」と誓った三木氏の執念が、新幹線開業50年目にして人身事故ゼロという神業のような偉業につながっています。

今年の弘前桜祭のときにでも新幹線乗ってみたいな。

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話は突然変わりますが、昨日6年間乗った自転車「めるちゃん2号」が昇天しました。チェーンがぶっ千切れて一巻の終わり。買ったホームセンターに持っていったら、この自転車はギヤがハメ殺しになっているのでチェーンが切れたら修理不能とのことで廃車決定!

チェーン切れること自体信じられないのに、修理することを考えていない設計とは..まあ、1万円で買った自転車なので使い捨てということです。6年間持っただけ良いとしましょう。

自転車亡くなると通勤に困るので今朝、新車購入しました(上画像)。前回の自転車がパンクを頻発して安くない修理費をかけた上に最後は修理不能という反省から、今回はもう少し良い自転車を選びました。ライト自動点灯、ノーパンクタイヤです。乗ってみたら、格段に快適です。ただ前の自転車が16インチだったのに新車は17インチのモデルしかなかったので私の体格では少々大きい。サドル一番下に下げないと足が届かないのでこいでる最中は膝が過屈曲になり少しつらい。サドル上げると膝は楽になるけど足が地面に届かなくなる。

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ちなみに「めるちゃん1号」はおなじみベンツ。もっぱら「おかめず輸送車」になっていますので後窓に「猛鳥注意!」のステッカーが...

この車の助手席におかめずのケージ載せて駐車場に置くと通行人がニコニコ笑いながら中を覗き込んでいくんですよ。ああ、他人から見てもやっぱりおかめずはかわいいんだな。

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めるちゃん1号でツタヤよって買った「甘々と稲妻」6巻。ついにアニメ化ですよ!昨年の「ゲート 自衛隊」に続く、愛読作品のアニメ化に狂喜乱舞です。私が目をつけた作品が次々とアニメ化していくの嬉しいですね。でもアニメ見るヒマが無い...ニセコイもアニメ全然見てないし...

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