日本カメラ博物館で私の本が永久保存になりました!
勝手にコピーされて海賊版出されて困っているので画質は落としています。
私個人としては無料でWebコミックを発表していればそれで満足なんですが「紙に印刷した本で読みたい」という要望が多いのでどうしても金勘定が絡まって来る。
↑に私の投稿が載っていました。何で誰も教えてくれないのよ?(小樽には本屋さんが少ない)。もう少しで12月号が出ちゃうじゃないですか!!
ここが問題のページ。4巻の「光学ガラス」はこの時点でまだ脱稿どころか執筆すらしていないので間に合っていない。
CAPAさんには何度も宣伝して貰ってます。これは2022年11月号。もう10年も昔に感じる・・・
リクエストに応えて参戦報告。2023年3月号。
2023年7月号。
本当に冬コミに休暇取れるか、飛行機飛ぶか。それだけが心配。
本日も自分にご褒美♡。ローソンの冷凍そばで「天玉なめこきつねそば」美味しかったです♡。
小樽に引っ越してかれこれ3年も経つのに、今日初めて小樽市立博物館へ行ってきました。はい。夜勤明けの非番です。
坂の町小樽らしく見ての通り坂の合間の窪地にめり込んだような立地です。これは住所を知らなかったら知らずに通り過ぎてしまうでしょう。
中は札幌の図書館のように狭い中に本棚をびっちり詰め込んだ過密感は無く通路は広々。その分蔵書は控えめ。
カメラ関係の蔵書はこれだけでした。う~ん、すでに持っているか読んだ本ばかりだ。ちょっと期待外れ。旭川市立博物館はハンス・ユルゲン・クッツ氏の「東独カメラの全貌」とか上山早登氏の「精機光学キヤノンのすべて」など当時すでに絶版になっていた豪華本があって資料集めに良く出かけたものです。まああれから20年、私の蔵書も比較にならない程増えましたから目も知識も肥えているんでしょう。
むしろ私が面白いと思ったのが「お子様コーナー」の子供図鑑や学習漫画。これだけで1日中居られる。さすがに私の年齢でこういう本買うのは恥ずかしいですから。
実際に読んでみると、大人でも自分の専門分野ではない門外漢だったら十分調べ物に使えるレベルです。今の子供図鑑読むと私が幼少期に読んでいた図鑑なんて内容スッカスカです。なぜ恐竜が絶滅したかですらまともに解説していなかったんですから。
私が小学生の頃は小惑星の近接写真何て夢のまた夢でした。写真以外の知識を調べに行くなら役に立ちそうです。
あと9日働けば今の職場からおさらばできる。実は先週金曜土曜も疲労が溜まり、よっぽど休もうかと思いましたが次の職場に移っても今の職場との商売上のお付き合いは続くので円満退職しなければいけない。一昨日の日曜日は午後2時まで布団から出られませんでした。本日は「遺失物が小樽警察署に届いていますよ!」という郵便が有ったので、それを口実に(実は休養のため)午後早退しました。警察署から帰って布団に潜った途端に意識を失いました・・・熟睡じゃなくて気絶です。目が覚めたのは午後5時半。もぉダメだ・・・・
漫画の「ゴールデンカムイ」じゃないけど私は明治時代の近代日本史を描いたフィクション・ノンフィクションが好きです。フィクションなら「坊ちゃん」「舞姫」ノンフィクションなら司馬遼太郎氏の「坂の上の雲」、北里柴三郎や野口英世の伝記など。今や飛行機で10数時間で地球の裏側まで行ける時代ですが、空を飛べなかった時代に外国へ行く方法は船旅が唯一の手段。まさしく「洋行」だった訳です。渡航しても生活の保障何か何も無いのに、失敗しても帰国する金も無いのに「片道切符」で洋行した人たちの勇気や戸惑い、不安を想像すると何かワクワクする。そんな事を夢想していたら私の好奇心をずばり満たす本が昨年出版されたので出たらすぐ注文しました。
「船旅の文化誌」富田昭次著/青弓者/2022年刊)
去年買ってそのままそのまま「積ん読」していた本ですが、今日は仕事早退したので斜め読みしてみる。
たった半日でお別れの飛行機と違い、海外航路の船となると数週間のお付き合いで「生活の場」となるので飛行機の旅とは次元の違う「生々しい生活臭」がありますよね。数週間の航海の後船を降りた時には船室に乗客の体臭が染みついている位に。数週間毎日寝泊まりするんだし毎日食事するんだし、入浴や洗濯もしなければいけない。それ以上の数か月に及ぶ長旅では中には病気になる人ケガする人もいるだろうし、「暇な時間つぶし」の娯楽が求められる。当時の豪華客船を「海の上のホテル」と形容しましたが全くその通り。音楽や図書館や舞踏会(20世紀以降は「映画」)が無いとやってられなかったでしょう。航海中は毎日ホテル暮らしと考えて間違いない。今見ても驚くほど豪華なインテリア!!
明治時代は今以上に絶望的な程の「格差社会」だった。上はドイツ・ブレーメン号の1等船室ラウンジ。政治家や王侯貴族たちの「社交場」です。下は中産階級(この時代の「中産階級」と今の「中流家庭」は別物。この頃の「中産階級」とは貴族出身ではないエリート)の医者、技師、軍人将校、外交官、国費留学生などが利用した2等船室のカフェとラウンジだけど、これでも庶民には豪華すぎて落ち着きませんね。
当時世界最大と言われたノルマンディー号の食堂。ぎょえ~!!私陸上のホテルでもこんなところで食事したこと無いです。
日本人ならお馴染み。今横浜で係留されている「氷川丸」現役当時の船内。流石にノルマンディー号やブレーメン号に比べると船自体が小さい分狭いのがわかる。けど、狭いなりに内装は立派。氷川丸の「1等船室」は戦前欧州の超豪華客船の「2等船室」プラスアルファ程度ですけど私はこの程度の方が落ち着く(笑)。氷川丸で神戸→シアトル間の行程で14日かかったそうです。2週間過ごすならこの位の船室に泊まりたい私。
そして「お約束」!明治時代の「博愛丸」の3等船室。後に小林多喜二の「蟹工船」のモデルとなったことで悪名高い船です(笑)。2段ベッドでプライバシーゼロ。右でお母さんが人前もはばからず赤ちゃんにお乳を与えています。ベッド下で遊ぶ子供たちの姿は下町の風景そのもの。いや、明治時代ですから初めてベッドで寝た人も相当多かったはず。上のサイトでも書いていますが
>三等船室は大部屋で、竹で編んだ幅60センチ長さ2メートル70センチの蚕棚式のベッドだけが各人の自由になるスペースでした。換気が悪いところに大勢が詰め込まれているので、人いきれ、食事の臭い、そこかしこにある船酔いの吐瀉物の悪臭などが入り交じり、それだけでも吐き気をもよおす異臭が鼻をつきました。狭さもですが、それ以上にこうした悪臭、それに寒さが、三等船室の船旅を耐え難いものにしていたのです。
↑とある通り壮絶な住環境だったんでしょう。明らかに画面左側は中国人の出稼ぎ労働者(辮髪)が描かれているし。「博愛丸」は上海⇔神戸間のわずか1泊か2泊の旅なので大人も子供も遊園地気分でしょうが、これが数週間に及ぶ上、3等船室に乗る位の乗客は殆どが移民目的で「二度と故郷に戻ることのない」片道切符の旅。技師や留学生は防犯のためにも2等船室以上に泊まっていた。3等船室の乗客となればこの航海のために全財産をつぎ込んだり借金したはず。当時の旅行パンフでも「無事到着できれば、1等でも3等でも同じ」と叱咤激励していたとあります。全くその通り。船にいる間は作家や料理人や床屋や演奏家でもない限り船上でお金を稼ぐ仕事なんて何もできない(教師はどうだろう?数か月に及ぶ航海中子供たちに勉強教えたりしたんだろうか?)。農夫や鉱夫や工事夫などの陸の仕事なら猶更。だったら船代に使う金なんて節約して上陸した後に備えて現金を残せ!という事ですね。
昭和1ケタ時代。ブラジル移民たちが二度と帰国する事のない旅路で乗った「ぶえのあすあいれす丸」。流石に明治時代の「博愛丸」に比べたら船室もだいぶマシになっています。長旅の退屈とストレスを発散するために甲板上で開かれた「運動会」。子供たちはしゃぎまくってます。異国での新生活に不安を感じている大人たち比べて「1生に一度の経験である移民の旅」新天地への夢の旅に向かう子供たちの方がよっぽど楽しそうですね。この子たちの子孫が現在の日系ブラジル人です。あ”~!一生に1回くらいは時間を気にせず仕事を忘れて船で長旅したいなぁ。インターネット社会の現代ならば船の上でもブログやSNSで世界中の人と交信できるんだから。飛行機の旅で隣り合った人と自己紹介したり身の上話することはまずないけど、2週間に渡る船旅で毎日「同じ釜の飯を食う」のなら自己紹介したり、目的地に着いたら連絡してくださいね!と約束したりする事もあるでしょう。米国やロシアの「大陸横断鉄道」でもたまたま同席になったお客と意気投合し旅を終えて別れた後も連絡をやり取りする話が出てくる。
著名なラノベ作家で。カメラコレクターとしても知られた吉岡平氏死去のニュースに驚いた。まだたった62歳だったなんて。
代表作「無責任艦長タイラー」と言えばご存知でしょう。
かなりふざけた絵柄の小説版に比べたらアニメ版の方は作画も良かった。
意外なところではこんなのも書いています。SF・架空戦記畑の吉岡氏に悲恋モノは向いてなかったか。はっきり「駄作」でした。アニメも2話で打ち切りになっています。アニメでコケたので小説版は後半は原形をとどめない程書き直しています。今や覚えている人もいないでしょう。
カメラ関係では「カメラレビュー」誌に良く寄稿していましたがカメラ趣味を生かしてこんな本も書いています。高齋正氏の「UFOカメラ」「透け透けカメラ」の吉岡平版ですね。内容は「サンニッパ論」とか「ライカ論」とか。この本が出た1992年は私は大学生でこの頃は狂ったようにカメラ雑誌の月例や投書欄に写真やイラストを投稿しまくっていた頃ですが、別にサンニッパでアイドル撮ろうが大きなお世良だと思う。サンニッパで野生動物やフィギュアスケートを撮れば高尚でアイドル写真なら低俗だとでも言うんだろうか?それこそ私が先週書いた「嫉妬僻み妬み」そのものじゃないか。当時20歳だった私でもそう思っていたし今でもそう思っている。
ご冥福をお祈りします。が、前も描いたけど余りにも早世過ぎやしないか?作家さんって。私もあと10年くらいしか生きられないんじゃないかと思うと本気で「やりたいことは今すぐやらないと後悔する!」と思うようになりました。
私の体力で今の職場で定年まで肉体労働するのはまず無理だろう。今後の身の振り方を真剣に考えるようになってます。
1年くらい無職期間を置いて同人誌執筆や野生動物写真など創作活動と、ほったらかしにしている持病の治療に専念しようとも考えたんですが、やはり厚生年金が切れるのは怖い。貯金が減るのも怖い。そうこう悩んでいるうちに「完全週休2日制を保証するからケアマネとしてウチに来ないか?給料は安いけど1年の1/3は休める」という法人さんから声がかかっています。「リハビリはしなくていい」とも。正直、生活するのがやっとの給与ですが、無職でいるよりはずっといい。真剣に悩んでいます。
土日と漫画原稿の色塗りと写植をしていたら今朝8時まで朝寝坊してしまった…目覚まし時計の音に気付かないなんて重症だ。小樽に引っ越してなかったら遅刻していたな。勤務時間中も頭がぼーっとしていて、昼食もほとんど食べられなかった。久しぶりに血便出たし・・・
こうなることは予想していたんで弁当は昨晩のうちに作って冷蔵庫に入れておいたけど、ほとんど食べられなかったです。
今夜は反省してPM8時に布団に入りました。深夜に目が覚めてしまったので、原稿も一息ついたところでやっと手に入れた新刊に目を通す。
ホビージャパンMOOKオールドレンズ解体新書。レンズ構成図で個性を知る。日本カメラ社、朝日ソノラマ、写真工業など多くの老舗カメラ雑誌出版社が清算していく中、ナツメ社や瑛出版、そしてプラモデル雑誌のホビージャパンさんが新規にこのジャンルに果敢に挑戦して下さるのはとっても嬉しいです。内容はこの通り。
オールドレンズの作例と構成図という手堅いつくりで、自分が持っていないマウントのレンズを通り一遍知りたい人にはお宝のような本です。
ご存知ペッツバール。私のズームレンズ本でもお馴染みですね。
アンジェニューのレトロフォーカスも。
私のサイトを読んだ人ならこの程度の知識はすでに頭に納まっているでしょうけど、古典的単焦点レンズのタイプを1から覚えたい人には最高の本です。
こんなのとか・・・
こんなのとか。
そして巻末にこんな嬉しい気配りが!!
今から写真レンズの事1から覚えたい人のための入門書案内。わはは、私が持っている本ばかりじゃないか。この本読んで、やっぱり私の同人誌は単焦点レンズの歴史をすっ飛ばしていきなりズームレンズから執筆したのは正しかったと思います。だって単焦点レンズの解説本はこんな素晴らしい本がいくらでもあるじゃないですか!?。第1巻「ズームレンズ」第2巻「超大口径レンズ」と続き、第3巻はやっぱり「非球面レンズ」で行こうと思います。来年の冬コミが目標ですね。野望は大きい方が良い!
9月号の月刊CAPA誌に私の投稿が載っていた。
小樽に引っ越してからは初めてです。
↑せっかく作例写真も添付したのに載せてくれなかったな。とほにゃん写真でも使えると思うのに・・・
裏表紙。やっぱり自分のカメラが広告に載るのは嬉しいですね💓。
3度目の緊急事態宣言が発動されて火が消えたような小樽の繁華街。
↑店じまいした昼カラの店頭で。不要になった食器を無料放出していました。切ない・・・
帰り道で美味しそうな炭火焼の香りを放っているお店で立ち止まりました。「串焼大将花園店」。
緊急自治宣言下でTAKE OUTオンリーです。気の毒になってお持ち帰りしてしまいました。
左から順にうずら卵、モモ肉、しいたけ、鶏レバー。これで1.080円。
しっかり夕食のおかずになりましたぁ~~💓。
さすがに秋。エノコログサ(ネコジャラシ)がたわわに穂を実らせていました。
さっそく収穫。何に使うかと言えば・・・
おかめずのおやつです~~!!
みぞれ君、けっこう美味しそうに食べています。
カナリアのみどりちゃんは、どうかな?
うんうん、ちゃんと食べてる💓。よい休日でした。明日からまた仕事がんばるぞ~~!!
コロナワクチンの副作用やっと回復しました。職場で「自己管理がなっとらん!」と叱られたよ・・・副作用までどう管理しろと言うのか?
全快したところでいつもの増田節に戻ります。
デジカメWatch読んで戦慄が走りました。絶対この人私の過去の雑誌投稿及びブログ読んでいる!
メタリカとメモリカとは?
↑これだ!詳しく知りたい方は当ブログの「ペンタックスのマウント変更計画を今ひも解く」でも読んで下さい。カラー写真で見たければこちらもあります。
220とは?1966年のフォトキナでメタリカと同時に発表されたペンタックス6×7のプロトタイプです。
↑当時の報道記事。詳しくは当ブログの「68年全国産カメラ白書」を読んで下さい。右上がメタリカ、右下が220。左上はNHKプロジェクトXで紹介された世界初の試作AFカメラ、キヤノンAF(1963年)。左下のコニオメガフレックスのみが市販(国内未発売)されました。
2000年のフォトキナで参考出品されたペンタックスK1(当時は名無しの試作機で私や赤城耕一氏は勝手に「MZデジタル」と呼んでいました。
幻のバヨネットマウント変更計画・・・・コレも私、CAPAに投稿してるんですよね~
完成原稿はPCがクラッシュした際に消失したんだけど、今回の引越し騒ぎで元原稿が出てきた。上から順にペンタックススポットマチック(1960年)、ペンタックスメタリカ(1966年)、SMCペンタックス35-70ミリF2.8オートフォーカス(1976年)、ペンタックスK1(2000年)です。絶対に私の投稿CG見て覚えていたに違いない。こーゆーのを見ると「私のブログや投稿がちゃんと人様の役に立ったんだなぁ」と心が温かくなります。一方、私の発言の影響力の大きさにも今更ながら驚いています。先月、月カメ、アサカメに続き日本カメラの休刊及び会社の解散が発表されましたが、ある一定数のページを維持しないと発刊できない紙の雑誌では、たった1ページだけでも更新できるWebサイトの小回りが利き、ニッチで、ものすごいマニアでなければ面白いのかも重要なのかもわからないようなチートなネタを小出しに出来るフットワークの軽さ、コストの安さ(制作側も読者側もほぼ無料)には太刀打ちできない。一方、私がちょくちょく書いているズームレンズの原理や歴史など、学術論文に近いような内容ではまだ紙の書籍にも存在価値があると思うので「写真工業」とクラシックカメラ専科になる前の「カメラレビュー」はムックとして残って欲しかったです。
4連休あるので、「溜まっている執筆活動ができるっ!」と意気込んだんですが、初日から熱出して寝込んだり母から頼まれる雑用が思いのほか多くて最終日の5日しか自由時間はありませんでした。が、悪天候も幸いして、かなりはかどりました。
本来昨年の冬コミ用に書き溜めた原稿なんですがこのコロナ禍でコミケも中止になり、宙に浮いていた原案。元々レポート用紙に書きなぐったゲラ原稿ですが、たっぷり時間があるのでマトモな原稿用紙に書き写して、きっちりした原稿にしなおしました。ゲラ原稿では16ページでしたがこの1年間に新たに得た知識、特に光学補正式ズームとデジタルカメラ用ズームレンズについて加筆したら20ページに増えました。
ヘタウマながら丁寧には描いたつもりです。いつコミケが再開できるか先が見えない状態で、このままじゃあいつまで経っても公開できないので当ブログで先行公開しようと思います。そうしないといつまで経っても完成しない。
せっかく実家に帰省したので、多すぎて小樽のアパートに置けず、実家の父の書斎だった部屋に安置したカメラ関係の蔵書。執筆中の良い資料になります。
調べ物に1977年のカメラレビュー(朝日ソノラマ)を開くと・・・・
キヤノンFD35-70ミリF2.8-3.5SSCを設計された田島晃氏の記事がありました。当時は「カメラ開発センター」所属。
ご自身が設計されたFD35-70ミリを紹介しておきながら「私が設計した」とは一言も書かないあたりが奥ゆかしい(w)。
「4群ズームで広角化すると前玉径が巨大化し、歪曲も大きくなる」とだいたい私のサイトと同じこと書いています。これは当時設計中にあったと思われるニューFD35-105ミリF3.5のことも示唆していると思われます。まさか本当に4群ズームで広角35ミリを達成するとは・・・「山路式ズーム」の元祖ゆえの意地だったんでしょうか?
ニューFD35-105ミリF3.5(1981年)。「レンズ設計光学」(中川治平著/東海大学出版)
閑話休題。自分で「ブログで公開する!」と宣言してしまった以上後には引けません(これいくらい自分を追い詰めないといつまで経っても完成しないのは分かっているので)!一気に描き上げます!!
先月の月刊カメラマン休刊に続いて、ついに、現存する最古のカメラ雑誌アサヒカメラも休刊!
まだ報道されるだけ良いです。先月の月刊カメラマンに至ってはQ氏に教えてもらうまで気づきませんでしたから。
これで残りは「日本カメラ」と「CAPA」だけになりました。
「写真工業」「カメラレビュー」いままで、心のよりどころにしていた情報源が次々と休刊していく。これは紙媒体の衰退というよりも、「写真がすでに趣味じゃなくなった」(かつてのラジオやオーディオがすでに趣味のツールじゃなくなったように)証明でしょう(すでに私も同じこと書いています)。コロナ禍はがけっぷちから背中を押しただけで、最後のきっかけに過ぎないと思う。「誰にも真似のできない事と誰にも同じくできる事は趣味になりえない。だから上手な冷蔵庫の使い方や上手な電子レンジの使い方は趣味になりえない。ゴルフやカメラなど、誰でもある程度はマネできるが上手になるのには相当な努力が必要なものでなければホビーになりえない」とはリコーの織間勇氏の名言ですが、ご自身が趣味だったアナログレコード時代の「針は絶対ダイヤモンド」「ターンテーブルは重ければ重いほど良い」「カートリッジは・・・」「アンプは・・・」とか言えた時代だからこそホビーとなりえたが、MP3どころかスマホ時代になりもはやハイファイだの音質だの誰も論じなくなった。パソコンも今どき演算速度やメモリ容量を自慢する人なんかいない。織間勇氏もデジカメも同様の道をたどるだろう。今更解像力だのコントラスト再現率だの、ローパスフィルターで必要以上の高解像度をカットした後で映像エンジンで後処理するようになると、論じるだけ無意味な時代が来ることを多分予見していたんでしょうね。
悔しいけど、私もここ5年くらいまともにカメラ雑誌購読していないし、正直Webの「デジカメWATCH」や個人のブログやサイトの方がよっぽど面白い。とはいえ、ブログやサイトを書く人はあくまでも素人(そうでない人は守秘義務があるからそう簡単に詳しい事を教えてくれないし、雑誌記者も当然取材で得た情報には守秘義務があり、メーカー側から「このことは書かないで下さいね!」とクギを刺せば決して口外しない)。我々素人にとっては肝心な部分はやっぱり過去の識者の文献に頼るしかない訳で、その文献引用が手段から消えてしまったことで、途方に暮れている自分がいます。とりあえず、過去30年間に溜め込んで、父が死去した時点で「片付けろ!」と言われて引き取ったカメラ雑誌のバックナンバー。今まで何度も古紙回収に出そうと思ってましたが、今回の件で覚悟が着きました。大事に取っておくことにします(置き場所ど~すんだ!?)